【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第7話

「一つ。仮に使用人部屋と比較しても、余裕のお粗末が過ぎる小屋をわたくしに割り当てた事。二つ。そちらでご用意すると仰られていた女官。いえ、あれは宮女でしたかしら? 女官とお聞きしておりましたが。しかし分をわきまえぬ低俗ぶりは、むしろ下女。いえ、下女の方がまだ分をわきまえておりますね」

 握った指をピンと立てながら後ろ手に説明します。立てる指は人差指、中指、親指、薬指、小指の順。この国も含めた周辺国の主流です。

 ついでに後宮へ足を踏み入れた時から私の対応をした何者かの身分。それを私の主観に伴ってどんどんと降格して差し上げます。

「そう、あれは……破落戸ならずもの。そう呼ぶに相応しき者でございました。故に交代を言い渡しましたが、果たして明日はどの立場に相応しい者が姿を現すのか。もしくは現れないかもしれませんね。一体この後宮の主たるお方は、どのような教育を下々になさっているのでしょう?」

 最後に後宮の責任の所在をちらつかせましょう。息を飲む音が後ろから聞こえてまいりますが、構わず続けます。

「三つ。これが一番、目に見えたそちら側の非では? こちらで用意し、先に送っておいた調度品や衣服の。ふふふ、紛失として今は捉えて差し上げているのですよ? まだ非であって罪とはしておりませんから」

 ゆっくりと腕を下ろしていれば、明らかに絶句なさっておりませんか? 後頭部に目がないのが悔やまれますね。

「それらを全て返金、弁済下さりますか? そうであれば丞相への義理は果たしたものとして、即刻後宮より出てまいります」
「証拠はあるんだろうな?」

 ……阿呆なのでしょうか。仮にもこの方は帝国の皇帝。証拠も無く、このように発言するなど、有り得ないでしょうに。

「直接的な損失につきましては、既に証拠を押さえて手元にまとめてございます。送り状、目録、預かり状。それらすべてを保管しておりますから。、こちらの皇城が受け取ったという、受け取り状の控えが手元へまいります。全てが揃い次第、丞相に提出致します」

 明日と強調した意味をおわかりになられますかしら?

「ぐっ……そうか。ならば話はそれらを確認してからだ。だが私と直接話せるなどと思うなよ」
「もちろんでございます。これでもいささか、不快に感じておりますもの。お互いこれ以上の無意味な会話で、更に不快さを煽る必要もございません」

 背後の威圧感が増しましたが、私の嫌味に気づかれたようで何より。不愉快なのはお互い様です。

「入宮に先がけ、丞相とは契約を結んでおいてようございました」
「契約?」

 何か警戒されたようですが、こちらは申し上げるべき事は全てお伝え致しました。もう用はございません。

「はい。それでは御前、失礼致します」
「おい、待て。詳しく申せ」

 またため息を吐きそうになりました。私にではなく、後から尋ねるであろう丞相にでもお聞きになればよろしいのに。

 くるりと振り返り、改めて目を合わせて対峙します。流石に動揺した素振りは隠したようですね。

「では、僭越ながら申し上げます。皇帝陛下の醜聞たるお噂は、辺境の地である我が領にも広く轟いてございます。こと後宮の内情に関わる噂は、あまりに酷いもの。ですので貴妃のお話をお受けする際、先んじて契約を交わしております。何もなく、ただこの後宮という場で私が生家と同等の待遇で、日々をつつがなく過ごすだけならばこの帝国、ひいては陛下の益となりましょう。もちろん先ほども申し上げました通り、十二分な支度金は既に納めております。私がそうしても五十年は問題ない程度の額でしょう。私の普段の生活は、全くもって質素ですから」

 言外に、夜伽は私の側も御免被るとお伝えしておきます。怪訝なお顔をされたので、脳筋そうな頭の中にも残ったのではないでしょうか。

「ですがもし、そうでない場合。無いと思いたいところではございますが、これだけの物を納めたにも関わらず天下の後宮で、伯の爵位程度の生家で質素に過ごす日々にも劣る生活等々を強いられる場合には……ねえ。また私の命が、この国で他者に消された場合においての手も、もちろん打ってございます。表向き、裏向きのどちらにおいても」
「どういう意味だ」

 あら、随分な覇気を纏って凄むとは、これ如何に?

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