【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第42話

まことに分が悪いのは、誰とお考えで?」

 ゆっくりと笑みを深めます。今後のお付き合いに考えを巡らせつつ、尋ねてみれば……。

「はあ。覇気も通じない。毒にも、恐らく自白剤にも耐性がある。実は生家の者を人質に取る事も、金銭を好む癖にそれを餌に引き込むのも、更に貴女の交友関係も含めて、あまりにも難儀。打つ手の難しい、困った方ですね」

 大きなため息を吐いた丞相は、やれやれと首を振って苦笑します。

 あら、陛下は憮然としてしまいましたよ。

 どうやら私が事前に打っておいた手。有効に作用しているようですね。今世で懇意にしている娼妓達には、近々お礼をしておきましょう。

 娼妓の交友関係は、侮れません。二代目の私は娼妓として、更にその後の第2の人生では、やり手爺として生きました。二代目に培った経験と手腕は、同じ世界で生きる三代目今世でも、しっかり活かしておりますもの。もちろん様々なるご縁も含めて。

「ふふふ、残念ですね。実力行使をされるならば、すぐにここから去れましたのに。私が丞相に依頼された事。それ即ち、この後宮の膿出しと、今代の御世がつつが無く続き、後の世に続くよう計らう事。しかし後宮の陣取り合戦で、腐敗した重鎮達を私という餌で謀りにかけ、大人しくさせるのは私の役目ではありません。陛下と丞相、場合によっては皇貴妃が担う役割。後はできるだけ陛下の血を残す助けになる事、でしたね」


 鳥の羽根を毟りながら尋ねた私への答えは、これでなくてはならないのすよ、陛下。

「ええ。血を残すのは陛下の御心を考えれば、玉翠ユースイ皇貴妃が望ましい。しかし皇貴妃の年齢的にも、陛下の体質的にも難しいかもしれません。もし皇貴妃が無理ならば……私は貴女でも良いと思っています」
「おい!」

 丞相の言葉に拒絶と苛立ちを瞬時に爆発させたのは、もちろん陛下。しかし……。

「それは私としても絶対に嫌です。何より契約違反ですよ、丞相。それをしようとした瞬間に、私はここを去ります。更に諸々の資金を後宮どころか、この国から全て引き上げます」
「ふふ、そんなにお嫌ですか?」

 丞相は陛下へ全く反応を示さず、私には苦笑してみせます。私も丞相と同じく、陛下を無視すると致しましょう。

「心の底から嫌です。正直なところ選ぼうと思えば気に入る殿方など、私はいくらでも伴侶に選べます。なのに、わざわざ好みでもない殿方と褥を共にする? 笑ってしまいますね。そこまで自虐的ではございません」
「おい……何もそこまで嫌そうな……」

 私の反応に面食らったのでしょう。しかし陛下と意見がしかと合ったのに、何故そうも自尊心が傷ついたような顔をするのでしょう?

「これ以上ない程に、はっきり言わねば同じ問答を繰り返すではありませんか。第一、ご自分は私など比にならない程、言動に出しておられます。なのに他人から言われるのは嫌とは……些か我儘が過ぎますよ。そういう勘違いをするお年を召した殿方など、老害。軽蔑と嫌悪しか湧きません。いい加減、お気づきになられてはいかがです?」
「年を召した……老害。軽蔑と嫌悪……」
「私、お肌もピチピチ、花の十四歳です。世の女子おなごが皆、自分を好くなど。ふふ、勘違いした傲慢なオッサンなんて、嫌に決まっておりましょう」
「くっ」

 ようやく、自分はモテモテで嫌われる事などないとタカを括っていた自尊心にヒビを入れられました! 陛下の悔しそうな顔に、心がスカッとしましす!

「ブフッ……貴女の……お、思い通りに、できる、と?」
「おい、笑うな。お前だって、小娘を餌にしようとする利己的なオッサンだろう」
「陛下、煩いです。できるかどうか、やってみてもよろしいですか?」
「……ふぅ、ふぅ。何も、そう笑顔で言わずとも……いいえ、私が悪かったです。本当に出来るでしょうから、止めて下さい」

 なおも幼馴染を無視し続ける丞相は、息を整えてから問いかけます。

「契約は果たせそうですか?」
「それは丞相や陛下……と、後は皇貴妃次第では? 私が関わるのは、全て過程。結果はその過程を使い、お三方で出されるものです」

 私はただの貴妃。そして生家は伯家。政に関わる重鎮を罰したり、排除する権限はありません。

 また子に至っては、当事者である私と陛下の双方が拒絶しております。皇貴妃か、それ以外の女子と協力し合うしか、方法はありませんよ。養子で良いなら話は簡単。ですが先の帝位争いで王族直系の方々は皆様、お亡くなりになっております。

 他国への牽制と、国同士の駆け引きも考慮すべきでしょう。魔力を多く後継に引き継がせ、泰平の世を保ち続けたい。そう望むなら、血の濃さを求めて陛下の血を引く子を作る以外、選択肢はないのかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?