【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第8話

「詳しくは丞相にお聞き下さいませ。表向きの事ならば把握なさっておりましょう」

 こちらの世界は初代の世界と違い、魔力というものが存在致しますからね。

 あの方と同じ色味をお持ちなら魔力を体外へ放出し、他者へ威圧感や畏怖を与える事など造作もないはず。

 しかし私には無意味。一体、何度鼻で笑わされる羽目になるのでしょうか。

「裏向きの事まで話したとて、私に何の利があると? ただ私の身が危なくなるだけではありませんか」
「いや、それは……仮にもお前はこの国の皇帝の貴妃。危害など……」

 平静を装ってはおりましょうが、眼球が一瞬揺れましたね。

「本心からそのように仰るならば、何があっても話す事などできません。それに策を巡らすは後宮での女子おなごの常かと存じます。そして私、これでも忙しくしております。ご縁のない殿方に割く時間は、あいにく持ち合わせておりません」
「貴様、不敬罪に処されたいか」
「ふふふ、何を睨んでらっしゃるのやら。不敬罪がどのような場合に適用されるか、ご存知では? 法を守るは臣下のみ、とお考え召されませぬよう。特に陛下は大帝国の皇帝。自身が法を守らねば、示しがつかぬ身の上では? そもそも私、陛下が教えよと仰られた故にお応えしただけの事。更に本日、先に無礼を働いたのは後宮の主たる。初夜だというのに抱いた血でもなく、首から血を流させるなど……ふふっ。君主としても夫としても、あるまじき妻への非礼では?」
「はっ、お前が妻だと?」
「貴妃であって嬪や公妾ではございません。この国の法が定めし陛下の妻ですが、何か?」

 陛下がわざとらしく鼻で笑う。にも拘らず、陛下が小娘と呼ぶ程に年の空いた私が微笑み返せば鼻白む。

 今の私よりとう以上、歳が上だというのに……お子様。

 ですが責任の所在についての反応が薄い。気に入りません。

「今申し上げたように、私がこの後宮を訪れてから、まだ一日にも満たぬ間。この間に起きた全ての出来事は、後宮の主たる陛下の責では?」
「貴様……」

 今度こそはっきり伝えれば、眼光が更に険しくなり、覇気が強く強くなりましたね。意図が伝わってようございました。

 後宮の主には、皇帝陛下はもちろんですが、皇貴妃も含まれます。

 この様子を見る限り、このお子様が皇子の頃に婚姻を結んだ皇貴妃と、今なお熱愛中との事前調査結果は正しかったようです。

「故に不敬罪など適用できません。しかし適用されるならば……それはそれで楽しめそうですから、どうぞご随意に。お手討ちにされたいならそれもまた一興。それでは、沙汰を楽しみにお待ち申し上げております」

 二つの娼妓人生で培った妖艶な空気を纏って黙っていただき、再び踵を返してその場を立ち去ります。

 こういう時は振り向かず、何の未練もなく殿方から去るのが一番。何より、終始覇気を駄々漏らして睨みつける殿方など、相手にするのも馬鹿らしいですから。

 ガタンと建てつけの悪い引き戸を引いて小屋の中に入り……くっ。閉まりきらなくなったので、放置致しましょう。どのみちこのような場所へ外から立ち入ろうとする者など、そうはいらっしゃらないでしょうし。

「ふうぅぅぅぅぅ」

 自ら整えた寝床となるに座って、細く長く息を吐き出します。

 もちろんグツグツと沸騰する怒りを逃す為です。

「いかんして後宮での損失を取り返しんしょうか」

 あら、煮えたぎる怒りから気持ちを切り替えようとして、うっかり初代言葉が。まあ仕方ありません。

 あの陛下や後宮の者達、この小屋のなど、正直どうでもよいのです。

――お金と時間の損失が、大きすぎでござりんしょう! 前世の最期も商人でありんしたからか、あちきはその手の損失が一番嫌いでありんす!

 まったくもって、くだらない入宮を突如決めたお父様への怒りが再燃です。最愛の妻お母様に言いつけてやりましょうか。

――なにせ、なにせ、なにせ! 此度は金子の損失だけではありんせんよ! この三か月は忙殺されて、時間を無駄にさせられたでありんす! 時は金なりでござりんすのにぃぃぃ!

 ガタンと音を立てて勢い良く立ち上がり、怒りの舞を舞って発散です! 回し蹴り、飛び蹴り、からの腰を落として正拳突き!

 を、三度みたび繰り返します。

「ふう」

 決まったでありんすね!

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