【かくしおに】第7話

「ママの父方の名字だった神継かみつぐ家。初めはママも神継の姓を名乗っていたわ。調べたら平安初期から続く、陰陽師の祖の一つって言われてた家系だったの。当主は何か特別な力を継ぐってママから聞いた事があるわ。ママは元々あった都内の大豪邸から、自分の父親と、ムカツク伯父さん、それから伯父さんのお母さん達三人を追い出したんだけど、それはヨハンも知ってるでしょ」
「うん。蓮歌さんが児童虐待で訴えて、マスコミにもリークして社会的に抹殺したんだってね」
「……それ、誰情報?」
「蓮歌さんの恋人のテンマさん」
「やっぱり天馬なのね。いつ聞いたの?」
「こないだシーカとあのオジサンに会いに行ったのを、テンマさんに話した時」

 天馬=アフィーノ。イギリス国籍の日系イギリス人で、母の恋人だった人。私とヨハンの患った難病を治す薬に出資してくれてた。

 幾つかの事業を立ち上げて、掛け持ち社長してるくらい、お金持ち。

 実は生前の母とも共同で事業を立ち上げてて、母と天馬の性格はよく似てると思う。どっちも天才肌。

 母が亡くなった後も、私の実の父親と協力して私を育ててくれた。私とは血が繋がってないにも拘らず、療養中も完治後も恋人だった母の娘だという理由だけでね。

 実は私の父は世界的にちょっと有名なピアニスト。コンサートやアーティストとコラボして、海外で活動する時もある。

 そんな時は、まだ一人でお留守番するのには幼かった私の面倒を、天馬が見てくれたりもしたわ。父も天馬も、シッターに預けるっていう選択肢はなかったし、父の両親は生きているらしいけど、疎遠にしていて私も会った事がない。

 母には内緒だけど、私の初恋の人だったりする。もちろん天馬が私を女として見た事は一度もないの。母とそっくりな顔立ちでも、駄目みたい。

 母の魂そのものに惚れているんじゃないかなって、今は完全に諦めて吹っ切れている。

「相変わらず、天馬は不穏なんだから」
「仕方ないよ。テンマさんは蓮歌さんを傷つけた人間には容赦しないから。それにあながち間違ってないんでしょう?」
「あながちというより、事実ではあるわ。当時のママって十歳にもなってなかったはずなのに」

 きっと母のそういう所が、父と天馬が腹黒いって揶揄する由縁なんだろうな。

「小さい時から蓮歌さんは蓮歌さんだったんだなって、僕はむしろ納得しかしないよ」

 ヨハンは相変わらず母の信者ね。私も否定はしない。

「それもそうね。まあそんな感じで神継とは一度、距離を置いてるの。地下牢に監禁したり、足に障害が残るくらいの虐待が明るみになったから、公的な機関も間に入った」
「邸宅で火災騒ぎがあったのが、蓮歌さんが助かったきっかけなんでしょう?」
「うん。地下牢のすぐ近くにあった倉庫が出火元だった。危うく地下牢まで火が回りそうになって、その時たまたま屋敷に遊びに来ていたパパがママを助けたのが二人の出会い」
「それ知ってる。その後、煙を吸っただけじゃなく、栄養失調状態で、左足も大怪我してたから、ウタさんが救急車を呼んで虐待が明るみになったんだよね」

 音無詩おとなしうた。それが父の名前よ。

「そんな状態のママを、それでも神継の奴らは隠そうとしたみたい」
「最低だね」

 思わず、といった感じで吐き捨てるヨハン。

 意外ね。ヨハンは私と同じ難病を同じ時期に克服しただけじゃない。意気投合して、親友にまで私達は仲を発展させたのが縁で、天馬の事業にも関わってる。時々、私抜きで父とも会ってるみたいで、父と天馬それぞれから母の話を沢山聞かされてるわ。なのにそのあたりは詳しく知らなかったのね。

「じゃあ蓮歌さんが母方の鬼逆きさかの名字になったのは、その時?」
「ううん。ママのママ、私の母方のお祖母ちゃんはとっくに亡くなってたから。ママのお祖父ちゃん、私の曾お祖父ちゃんが引き取るって言ったのを、その時はママが拒否したの」
「じゃあ父方の鬼逆に名字を変えたのは、もっと後だったんだ?」
「そうみたい。経緯はよく知らないけど、ママの実の父親、私の祖父に当たる人がある日突然亡くなって、遺言で全てをママに譲るって書いてあって……」
「はぁ!? 虐待した父親が!? 何で!? 蓮歌さんへの今更の贖罪とかじゃないでしょ!? 絶対、裏があるじゃん!」

 私の話を遮るくらい、ヨハンも崇拝する母を傷つけた人間に腹が立ってたみたい。

 父と天馬、更にヨハンの三人の母への信仰が根強すぎる。

「ママが言うには、神継の当主は刀が選ぶからだって。刀が選ばない人間が、刀の選んだ当主以外を当主に据えると、呪いが発動するって。冗談だって笑ってたけど、かくしおにを体験した後だと……」
「……蓮歌さん、冗談は言っても嘘はつかない人だから……」

 画面越しに、お互い苦笑する。

「とにかくママが当主になってすぐ、神継名義の事業や資産はできる限り売却したって」
「ねえ、もしかして売却したお金は……」
「私達の難病治療薬の開発で、全部消えたって」
「……蓮歌さん、予知してたりして」
「……否定できない。夢で身につけてたあの飾り守りもママが作ってくれた物よ。かくしおにのルールを夢に見て思い出せたのも、全部ママが守ってくれたんだって、私は確信してるから」
「だよね。えっと、それで何で名字を変えれたの? 日本の法律だと名字って、なかなか変えられないんじゃなかった?」
「ああ、神継の資産をほぼゼロにした後、ママの父親の奥さん。ママにとっては継母になるのかな? ママの戸籍はややこしいんだけど、継母がママを包丁で刺したの」
「ホント、最低。でもまあ、裕福に過ごしてたのに資産を血の繋がらない子供に売り払われたら……」
「ママは法律で認められてる遺留分だけは、先に継母と伯父さんに渡してたの。神継はママに社会的に抹殺されても、それなりに資産はあったわ。慎ましく暮せば、働かなくてもやっていけるくらいあったはずよ」
「もう! ホント神継の人間、最低じゃない!?」
「うん、私も最低だと思う。ただ、その殺害未遂事件があったから、ママは法律的に神継の名字を手放して、曾お祖父ちゃんの方の鬼逆を名字にできたんだよ」
「なるほどね。ていうかシーカの伯父さんも伯父さんでド屑じゃない!? 異母妹の蓮歌さんが死んだからって、姪のシーカを呪ってカクシオニをしたって事じゃん!」
「うん、ヨハンは完全に私の巻きこみ事故だと思う。あの時、ついてきてもらわずに、一人で会いに行けば良かった……」

 そう、かくしおにで廃墟に呼ばれる数ヶ月前。私は仕事で日本に来ていたヨハンと一緒に、母を殺したかもしれない母の異母兄に会いに行った。

 未だに捕まらない犯人を、どうしても見つけたかった。だから母の戸籍や、母との記憶を頼りに当時の新聞を調べて……。

 父と天馬はこれまで、私の犯人探しを止めた事はない。いつも諦観したような目で、私の進捗報告を聞いてくれた。

 けど、神継家の最後の一人である伯父に会いに行ったと知られた時は、反応が違った。

 私も何となくなんだけど、神継家に関わるのだけは二人に止められるような気がしたから、あえて報告してなかったんだけど……。

「ちょっ、シーカ!? シーカは悪くないでしょ!?」

 私が申し訳なげな顔をして黙りこんだからか、画面越しのヨハンが焦ってる。

 そう、バラしたのはヨハン。ヨハンが天馬に、天馬から父に話が伝わった。

 温厚で滅多な事では怒らない父が、珍しく「何してるんだ!」て語気も荒く叱ったのよね。

 今にして思えば、父は既に実家と縁を切っているとはいえ、元々は神継家の分家の出。これは戸籍謄本を漁っていた時に気づいたわ。

 母と父が会話していた時の薄っすらとした記憶から、母を火事から救うまでは伯父とも友人関係だったんじゃないかな。

 きっと神継家の人間が何かしらの呪いに携わる家系なのも、伯父の気色悪い粘着質な性格も、父は知ってたんだと思う。

「シーカ! ねえ、聞いてる!?」
「ふふふ、そうね、悪いのは伯父さんよね」

 もの凄く焦ってフォローしようとしているヨハンに、思わず苦笑する。

「そうだよ! でももう、蓮歌さんを殺した犯人探しで危ない人に関わるのは……」
「安心して。もうしないわ」

 嘘よ。これからも犯人を探し続けるわ。

 ただ、もう大切な誰かを危険に曝す事はしないでおこうと固く誓う。

「え、ホント!?」
「うん。ママにも止められたから」
「蓮歌さんが? え、いつ!?」
「秘密!」
「えー……」

 そう言って不服そうなヨハンを無視して話を締め括る。

 最後にした母との僅かな時間は、何となく独り占めしたかった。

 代わりに、巻きこんだお詫びも兼ねて、ヨハンからお願いされた母直伝の組紐で作った飾りを贈っておいたわ。私は左利きだから逆編みになったけど、そんな事ヨハンにはわからないはず。

 ヨハンは中身が乙女だから、夢で私が腰に着けてた飾りに興味があったのね。とっても喜んだお礼のメールがその後来た。

 でも本当のところは、あの廃墟のかくれんぼ悪夢が怖かったんじゃないかな。

 ただ、私のお守りを作ってくれた母と違って、私自身はあの鬼以外、長い闘病中の病院ですら幽霊なんて見たこと一度もない。きっとレイ感なんだけど……ま、いっか。

ーーーーヨハンとのリモート数日後……。

「○○県○○市の高等学校跡地で、男性の腐乱死体が発見されました。遺体は死後数日経っており、激しく損傷していることから警察は事件事故の両方……」

――――更にそれから数日後……。

「先日発見された遺体は、都内在住の神継俊哉かみつぐとしやさん……」

 母の異母兄の名前は俊哉。

 あの悪夢の数ヶ月前。母の死について関わりを調べに、ヨハンと会いに行った人。

 母とそっくりな顔立ちの、私の顔を見るなり憎悪に歪んだ睨みを利かせて怒鳴り散らして追い返した。

 真っ白な髪の、くたびれた雰囲気の男。 

 母を誰よりも憎悪し、廃墟に招かれてすぐの時。母のお守りがホワリと温かくなるまで、中学生くらいの男の子に見えてた十三人目。

『いい、詩香。かくしおにはね、まん丸お月様になる満月の夜、十二人の魂を人食い鬼に餌として捧げるんだ。その為に、あらかじめ十二人にマーキングする』

 私とヨハンは伯父に追い返されたあの日。マーキングされたのかもしれない。

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