【あなたのなくしたものをさがします】あらすじ、第1話

(あらすじ)
浮気している夫から、ずっと無視される私。どうして? 浮気相手が良くなった? 
今日も私は夫に怒りをぶちまけて、家を飛び出す。あてもなく彷徨う私の目に、ふと不思議な看板が映る。
【あなたのなくしたものをさがします】
導かれるように、看板を出しているお店に入る。そうして店主と白リスのクロさんと出逢った事で、私という存在と、私が忘れていた事が何か思い出していく。
終わりに向かって始まる、私が私を取り戻す物語。私が夫へに望んだ事は、次の人生に進む為の最良の一歩。

※補足
◯時代背景
明治後期としつつ、中世ヨーロッパも良いかもしれない。
◯主人公
数十年前に亡くなった死者。自分の名前も顔も忘れている。

(第1話)
「どうして? ねえ、どうして私を見てくれないの? やっぱりあの女が……ううん、ごめんなさい。そんなの今はどうだっていいの。ねえ、お願い。私を見てよ……」

 必死に夫へ呼びかける。

 けれど私に背中を向けてテーブルを片づける夫は、決して振り向かない。

 いつものように、やっぱり私を完全に無視する。

 テーブルにはカップが二つ。

 一つはきっと夫が使った。

 口紅のついたもう一つは……私、使ってない。

 胸元のペンダントトップをギュッと握って堪えたけど、結局は涙がほろほろと頬を伝う。

 こんなに懇願していても、私の方を見ようともしない夫に、心が軋む。

「ねえ、こっちを見て? 私、何かした? ねえ……ねえってば!!!!」

 声を張り上げたのに、それでもやっぱり……。

「……もう、いい……もういいわよ!」

 バンッ、と扉を勢い良く開けて、けたたましい足音をさせながら外へと一歩踏み出した。もちろん全てわざと。怒られてもいいから、私を見て欲しかった。

 そこで一度振り返る。

 それでもやっぱり夫は私を振り返らない。

 それから暫くの間、当てもなく色褪せて見える町を彷徨っていたわ。どうしたら良いかわからなくて、途方に暮れながら。

 妻に飽きたのかと、身だしなみにだって気を使っている。半袖ブラウスにスカート。

 奮発したいっちょうらだけど、もしかしたら薄着だったかもしれない。冷たいが吹く。

 当然のように、誰も他人の私なんか見てくれるはずもない。けれど気恥ずかしくなってくる。せめて羽織りでも引っかけてくれば良かった。

 寒くて寒くて仕方ない。感じているのは体? それとも……心? とにかく全てが凍えているようにしか感じない。

 そうして、どれくらい彷徨っていたのかしらね。ふとした拍子に、あの看板が目に入ったの。

【あなたのなくしたものをさがします】

 どうしてに惹かれたのか、自分でもよくわからない。

 けど私は確かにに導かれて、あるお店のドアを開けた。

 中に入ると今まで私の視界に在った色褪せた世界が、嘘のように色づいて見えた。

 きっと部屋の中が思いの外、温かかったから。張り詰めていた気持ちが少しだけ和らいだのね。

 周囲を見渡す余裕が生まれた。店内に骨董品らしき物が、たくさん並んでいるのに気づいたわ。

 どうしてかしら? 骨董品を眺めていると、全てに温かみのある何か……真心のようなものを感じる。

 私は辺りをきょろきょろしながら、更に奥へと進んでいく。

――今思えば、それが終わりへの始まりだった。

 もちろんこの時はそんな事、知るはずもなかった。

「やあやあ、いらっしゃい。お嬢さん、かな?」

 私が入ってきたのに気づいたんでしょうね。狭い店内の奥にはカウンター。更にその向こうにあったドアから、店主らしき男が出てきたの。

 長身で、ひょろっとした体型。髪はぼさぼさ。無精髭もちょっぴり生えてる。ズボンにシャツ、ベストを着ているわ。タイはしていないけど。

 最近ではお仕着せとして多くなっている服装じゃないかしら。

 不潔感までは感じないけど、洋装を選ぶのなら、もう少し身なりを整えるべきじゃない? 崩すなら、まだ和装の方が乱れに気づかれにくいはず。

 まだ家で夫が着ていた詰襟シャツに袴姿の方がしゃんとして……いいえ、夫の事は置いておきましょう。

 店はどことなく古臭さを感じる。なのによく見れば、だらしないこの男性は意外にも若いのね。店主ではないのかしら?

 ……何だか胡散臭い。

「ええ。ある人の心を探して欲しいの」

 もちろんそう言ったのは、すぐに追い出される為よ。だって胡散臭いもの。

 もちろん私の頭の中でダメモトって言葉が浮かんでいたのは秘密。そんな事できるなんて思ってなかったけど、今は夫との仲を改善するのに、藁にも縋りたい。言うだけならタダなんだから、いいでしょう。

「心? 何だい、そりゃ?」

 だけど、私の突拍子もない話をした私が悪いのもわかってるけれど、目の前のこの人に馬鹿にされたように感じてしまってカチンとくる。

 追い出される為だとか、ダメモトとか思っていたのに、どうしてかしらね。この時はカッとなってしまった。

「できないって言うの!? だったらあんな看板、降ろしなさいよ!」

 怒鳴りながらも、無茶苦茶だなと自分でも思っていたのよ。いくら胡散臭くても、こんな言い方は流石に相手に失礼すぎる。

 だけど……どうして? 自分では堰を切ったような感情を止められない。

 外では冷たい風に吹かれたせいで、体が冷え切っていたからかな?

 それとも夫の無反応さに、心が凍えていたから?

 店の中の温かさ。そしてちょっと軽薄そうな胡散臭い人。

 だけど私をちゃんと見て、話してくれる人に会えたんだと気づくと……ああ、駄目。泣きそう。

「何よ、アンタ! 馬鹿にしてんの!!」

 だけど初対面の他人の前で、涙を見せたくなくて、意地を張ってしまう。私、いつからこんなに感情的で、意地っ張りになったの!? 

 今は追い出されたいなんて、これっぽっちも思ってないのに!

 ついさっきまでとは真逆の思い。なのに初対面でこんな暴言を吐いて、詰め寄ってしまった。

 なんて悪手な手段を取ったのよ! 私の馬鹿!

「いんやあ、ゴロツキみたいにからんでくるなって呆れてるだけさ」

 そうよね、当然だわ。ああ、涙で視界が滲む。

「やっぱり馬鹿にしてるんじゃない!」

 なのにまた……突っかかってしまった。

「そう思うんなら、からまずにどっか行きゃいいだろう? こっちは場所代払って店出してんだから、チンピラみたいなお嬢さんにからまれるいわれはねえよ」

 軽薄そうな笑いが消えて、突き離すように言われてしまう。冷めた目つきをすれば、この男は存外顔が良いのね、なんてどこか冷静な自分がいた。

 でもこのままじゃ駄目! 追い出されてしまう!

「……正論ね。悪かったわ」

 肝が冷えた途端、不思議な事にすっと冷静になれた。素直に謝ったら、男の雰囲気も元に戻った?

「おっと、いきなり素直になっちまったな。わかってくれりゃいいのさ。それでお嬢さんは誰の心を探して欲しいんだい?」
「何よ、できるっていうの?」

 自分で言っといてなんだけど、話に付き合ってくれるの? やっぱりこの男、胡散臭いわね。思わず軽く顔を顰めてしまう。

「探して欲しいっつったのはお嬢さんだろ? できるともできねえとも言わねえよ。ただな、看板にも書いてた通りおいらはを探すってだけさ。それで何かが上手くいきゃ、儲けもんだろう?」

 そうね。無くした物を探すってだけで、それを見つけるなんて看板には書いてなかったわ。

「夫なの」

 それならせめて話だけでも聞いて欲しい。ずっと長い間、誰にも聞いてもらえなかったから。

 そう思って口を開いたけど、改めて言うと照れるものね。

「ほうほう?」
「駆け落ちまでして結婚した夫が、急に心変わりしたの。私を……見てくれない……」

 そう。夫は私が存在しないかのように振る舞っているわ。どうしたら、また私を見てくれるのかしら。

 最近では私の親友だったあの子も気にせず家に上がるようになった。そんな時、私は見たくなくてそっと外に逃げてしまう。そんな事を繰り返してる。

「それで?」

 でもそれにはきっかけがあったわ。思い出したら、またムカムカしてきちゃう。

「そうなる前、泊まりに来た親友、いいえ、あの女が怪しいお呪いを私に掛けたの! きっとそれよ! そのせいで彼は私への愛情を失ったんだわ! だから夫の心を探して!」

 自分でも無理難題だと思っているのに、どうしてかそんな言葉が口を突く。

 ああ、終わりね。これでもう、断られて追い出される……。

「それで、お代はお持ちかい?」
「そ、それは……」

 はたと我に返る。そういえばお金なんて持ってた記憶がなかったわ。でもそうよね、普通は……。

「だったらお嬢さんが今してるネックレス。そいつをお代でいただこう」
「待って、これは……駄目よ」
「どうしてだい?」

 だって……。

「夫がくれたの」

 毎日着けているから随分色褪せたけど、とても……とても大事な……そう、

 ふと自分の事なのに、どこか違和感を感じて、ペンダントトップをギュッと握る。

「なら後払いにしちまうかい? その夫とやらの心を見つけたら、おいらにそれを渡す。悪い取り引きじゃないだろう? どうだい?」
「……それでお願いするわ」
「ただし」
「え?」
「前金は必要さね。常識だろ?」
「……人の弱味につけこむの?!」

 やっぱりこんな意味がわからない依頼なんてまともに引き受ける人がいるはずないのよ!

「おいおい、そいつぁ心外だ。だったら他へあたんな」

 ああ、またやってしまったわ。どうして自分の感情なのにこんなにままならないのかしら?

「…………わかったわよ」

 素直にはなれないけど、この男の要求は当然だってちゃんとわかっているの。だからここは引き受けるべきよね。

「なに、簡単なこった。おいらの代わりにおいらが管理してる墓の掃除をしてもらう。そんだけさ」
「掃除って……そんなのでいいの?」
「ああ、それでいいんだけど、駄目かい?」

 思わずポカンとしてしまったわ。お墓掃除だなんて、本当にそんなのでいいの?! もちろん駄目なはずがない!

 直ぐ様、頷いた。

「それでいいなら、そうするわ」
「そいじゃあ、契約成立って事で、ほれ、握手」

 そう言って差し出された手を思わずじっと見てしまう。久々に誰かと触れるから、照れくさい。

「……手は洗っているんでしょうね?」
「え、ひでぇ」

 だから照れ隠しでそんな事を言ってしまったのだけど、傷つけちゃったかしら。

 この男、やっぱりよく見れば顔が良いのよね。そんな表情してると、虐めたくなっちゃうような愛嬌を感じるの。うっかり笑っちゃった。

「ふふふ、冗談よ。よろしくね。えっと……」

 そういえば、名前を聞いて無かった。

「イケメン店主でいいさ。お嬢さんも、?」

 そう言われてどうしてか、それが最良だと直感する。

「そう…………そうよね、それが一番いいわ。よろしくね、自称イケメン店主さん」
「え、ひでぇ」

 なんて他愛もないやり取りをして、握手を返して笑えば、両手で握ってきたわ。

 待って、両手は必要ないんじゃない?!

 つい怪訝な顔をしてしまう。店主の手は大きくて、剣術でもやっていたのかしら? もう随分と繋いでいない、夫の手と同じように剣だこがある、硬い手。

 でも手だけじゃなく、全身が温かくなったような錯覚を起こす。心地良い温かさを感じて、不快感なんて全くなかった。

 今にして思えば、初めて店主と会って話していたこの時が、それから先の私にとって一番平和な時間だったのかもしれない。

 もちろんこの時は知る由もなかったけど。


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