【あなたのなくしたものをさがします】第2話

「そんじゃあ、これ持って早速墓掃除に行ってもらおうかね」

 店主がカウンターの奥に戻った。と思ったら両手に箒とチリトリ。ゴミ捨て用の紙袋を渡してきた。

「わかったわ」

 早速、今日からなのね。特に用事も無かったし、気分転換にはなるかもしれない。もちろん構わないわ。

「それより墓地の場所は? 近いの?」
「キキ!」

 私の質問に……え、動物の鳴き声で返事?!

 驚いて店主をまじまじと見つめてしまう。すると広い肩越しに、ひょこっとリスが現れた。

 大きさや毛の生え方は、山リスそのもの。だけど白い毛に赤い目!? そんな色のリスなんて、存在する!? それより、どこから?! まさかずっと店主の背中に貼りついていたの?!

「おや、クロさんがついてってくれるのかい?」
「キキ!」
「いや、ちょっと待って」

 何だか色々とつっこみ所が多すぎない?! ついてくる?! リスなのよ?! それに何より……。

「どうしたんだい?」
「クロ、なの?」
「そうだよ、おいらはクロさんて呼んでんだけどね」
「そ、そう……」

 まず一番に名前が気になってしまった。どこをどうしたらクロになるのよ。

「クロさんが道案内してくれっから、お嬢さんはついてってくれりゃいいよ」
「え……それは……大丈夫、なの?」

 道案内をリスが? できるの?

「キキ!」

 なのに私が不安そうにしているのを知ってか知らずか、リス……クロさんは胸を張るようなポーズに。随分と愛嬌があるみたい。不覚にもキュンとしちゃった。

「はっはっは。クロさんはおいらの先輩だからね。心配いらないよ」
「いや、何の先輩?!」

 私のツッコミは華麗にスルーした自称イケメン店主は、カウンターから出てくる。思っていたよりずっと長身。

 ちょっ、ちょちょっと! 近寄りすぎよ! 人妻だけど、まだまだうら若き乙女なのよ!?

 確かに自分でイケメンなんて言うだけあるかも!? 意外に睫毛がふさふさね! 長さもあるし!? って、だからそんなのがわかる距離まで寄ってこないで!

「な、何?!」

 何なの?! まるで迫られてるみたいに! は、破廉恥な!

「何ってそりゃあ、クロさんがそっちに行かねえと。な、クロさん」
「キキ!」

 そう言うと、返事をしたかのようなタイミングで鳴いたクロさんが、私の肩に乗り移った。

 山リスだからそれなりの重さがあると思っていたのに、随分と軽い。ずっと生活だったから、感動……。

 あら? 私、どうしてそんな事を思ったの?

「さてはお嬢さん、清楚な見た目と違ってむっつりさんか」

 なんて思ってたら、ふざけんじゃないわよ! 店主の発言でクロさんへの純粋な感動が、一瞬で吹っ飛んでしまったじゃない!

「そんなわけないでしょう! 馬鹿じゃない! もう行くわ! よろしくお願いするわね、クロさん!!」
「キキ!」

 そう叫んでから、踵を返してお店のドアを勢い良く開けた。風がふわりと舞ったからかしら? クロさんから香ばしい何かが……。

 ……甘くないお菓子の香ばしい香り?

 いや、まさかね。リスにお菓子を食べさせてるなんてこと……ないわよね?

「色々と綺麗になるといいが、変なのにだけは引っかかんねえようにな、お嬢さん。クロさんの言う事ちゃんと聞いて、気をつけて掃除してきとくれよ。じゃあま、ごゆっくり〜」

 扉が閉まる瞬間、そんなのん気な声が聞こえた。

 色々とって、変なのって、何よ。大体どうして墓掃除でごゆっくりなの? さっさと終わらせるに決まってるじゃない。

「キキ」
「あら、本当に案内してくれるの?」

 すっかり失念していたわ。リスが案内役なんて、本当なら有り得ない。

 だけどまあ、今は心がずっと穏やかになれている。だから暇潰しと思って付き合うわ。迷ったらお店に戻ればいいんだし。

 そういえば、さっきはどうして動物と触れ合えない生活だったなんて思ったのかしら?ふと足を止めて首を捻る。

 そりゃ、動物と特に触れ合ってたわけじゃない。でも触れ合え無かったなんて事は……。

「キキ!」

 クロさんの早く行けとばかりな鳴き声で我に返る。

「そうね。もし手入れしていないお墓なら、掃除に時間がかかるものね」

 再びクロさんのジェスチャーに従って、まずは店を出てすぐの道を左に曲がる。次は……右?

「キキ」
「ああ、また左なのね」

 ジェスチャーといっても大袈裟なものじゃないの。そのまま直進していけば……。

「キキ」
「ああ、もしかしてここを曲がるの?
次も左とか……」
「キキ」
「ふふ、本当に案内してくれてるのかしら。右なのね。本当に着いたら、お利口さんなリスって証明できるわよ」

 違う方向に行ったり、行き過ぎた時にだけ鳴いて知らせてくれるみたいね。

 どうやって躾けたのかしら? あの自称イケメン店主? 有り得なそうだけど、人は見かけによらないとも言うわ。

 でもクロさんが先輩だって言っていたわ。もしかして躾けられたのは店主の方だったりして。

 なんて考えて、ついクスクス笑っちゃった。通行人に変な目で見られちゃうわ。

「キキ」
「ああ、次はこっちなのね。大通りか……懐かしいわ。よく夫と大通りを……」

 手を繋いで、散歩がてらデートしたのよ。

 そう言おうとしたのに……。

『…………!! ああ、頼む、頼む、頼む!! …………! 俺を置いていくな!! …………!! …………!!!!』

 あまりにも悲痛な男の人の叫びが、突如頭に鳴り響く。

 どうして? この声は……よく知る夫の声。

 なのに聞いた事のない嘆願……。

 誰を呼んでいるの? 誰かの名前でしょう? 上手く聞き取れない。

 視界の端に馬車が映る。ただ目の前を横切ろうとしているだけ。だって私は、ちゃんと安全な場所に立っていて……。

 ドン、と背中を押された。

 嘘、ぶつかる!!

「きゃあああああ!!!!」

 叫んで思わずしゃがみこみ、顔を隠す。

 目もギュッと閉じていたから見えなかったけど、馬車が私の前すれすれを通り過ぎたんだと思う。

 何の衝撃もないまま、ただ体がガタガタと震える。顔を隠したまま、固まってしまう。

 嘘よ、何なの、どうして?! バクバクと心臓が鳴る。怖い、怖い、怖い、怖い!

「キキキキキキキキキ!!」

 不意に、クロさんが今までになかった鳴き声を上げる。それが思いの外、大音量で頭に響いて……。

「え…………」

 店主が両手で私の手を握った時のような、大きくて力強い手が私のてを包んだような、そんな温かさを感じた。

 我に返って、おずおずと顔を上げて辺りを見回す。

「…………え?」

 何故か道端で、一人しゃがみこんでいた。

「キキ」

 私の肩に乗るクロさんが、大丈夫か? と尋ねるように、顔をのぞきこんできた。

 クロさんの赤い瞳に映っている、驚いた顔の……私。

 当たり前の事。なのに自分の顔が映っている事に酷く安心する。

 そう、私はこんな顔をしていたんだった。

「キキ、キキ」
「え、あ、やだ、私ったら」

 クロさんがわざとらしく首を左右に振る。

 そうだった! ここは人通りの多い往来よ! いつまでも座りこんでいたら、奇異の目で見られちゃうわ!

 慌てて立ち上がって、思わずキョロキョロ周りを見てしまう。

 幸い私を見ていたのは、ほんの何人かだけ。あからさまに笑っている人ばかりで、悪意を感じちゃう。失礼な人達。

 だけど少し離れた所にいた一人だけが、気になった。私を睨んでいる?

 その顔は憎悪や憤怒という、生々しい程に負の感情を感じさせるもので……。

 けど、それより驚いたのは……。

「嘘……あの、女……」

 心臓がドクリと鳴って、思わず凝視する。

 すると女は私をめつけてから、踵を返して走り去った。

 顔を間違えるはずがない! あの女は夫の連れこんだ……浮気相手!

「ま、待ちなさい!」
「キキキキキキキキキ!!」

 反射的に追いかけようとすれば、再びクロさんが鋭く鳴く。

「きゃ!」

 何なの!? 頭にもの凄くガツンと響く声。悲鳴を上げて身を竦ませてしまう。

 女の消えた方を見やれば、もういない。人混みでごった返しているから当然か。

 思わずため息が出る。

「……はあ。そう、そうね。あの女を突き止めるより、今は墓掃除よ。夫の心を取り戻す手伝いをしてもらわなくちゃ。行きましょう」
「キキ」

 クロさんは機嫌良く返事をして、また案内を始めてくれたの。 


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