【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第67話
「その言葉だけで十分ですのに。ああ、けれど後でまたお茶にお誘いしてもよろしいかしら。高価な物から安価な物まで、お茶がお好きな方にこそ振る舞いたいお茶もあるわ」
「ほう。それは期待してしまいますな」
そう。お茶は高価であれば良いという訳ではありません。この言葉に乗って来たという事は、司空は本当にお茶好きなのでしょう。
「もちろん皇貴妃も、ご一緒下さると……」
そこで息を止めて頬を赤らめてから、両手を頬に添えて息を吐き出します。
「その……嬉しゅうございます」
「ははは。貴妃は可愛らしく慎ましいな。構わぬか、皇貴妃」
「…………もちろんですよ、滴雫」
あら? 皇貴妃は何か言いたげです。もちろん私の言葉は本心ですよ? 陛下も、何か言いたげに私を睨むの、やめません?
「ありがとうございます。それでは……」
このまま話が流れる事を密かに期待していたのでしょう。春と夏の嬪二人の顔を見やれば、ギクリと体を強張らせました。
「次は闘茶ね」
「「…………はい」」
意気揚々と声をかける私と違い、随分と小さな声です。
「そんなに心配されなくとも、私の茶はこの通り黒茶よ。皇貴妃の茶は黄茶。色でおわかりでしょう? でしたら残りは、そこにいる女官という職に就いているらしき者達をそれぞれ通じて、私と共にたまたまいた、そこの医官と薬官に手渡した茶葉よ?」
「し、しかし私が渡したのは藍色の衣の……」
「わ、私も」
それぞれの主に睨まれた女官の出で立ちをした破落戸二人は、口々に弁明します。
「彼らの所属先は朝廷。故に首の紋は不要とされましたのよ。ほんの一時、私の宮に来られるだけでしたから。それに気づいていないようですわね? そこの女官とやら二人が私の宮にいた時、丞相も私と共にいらっしゃいましたわ。何故丞相がいたかなど、理由は明らかではなくて?」
表向きはもちろん健康診断の為。一応、私の宮には渡りがありましたしね。
それとも、わかる者にはわかるのでしょうか? そこで青くなる二人の女官らしき破落戸達の他にも、毒を忍ばせた者の可能性があったと。この場の女官達の目が四方へ忙しなく動きました。
「後宮において藍色の衣を着る者は、現在のところ私の宮に出入りする者だけ。入宮して早々に色々ございました。故に陛下は私の、騒がしくしたくないという意向を聞き入れて下さいました。もちろん今は違います。私の宮に住まう殿方には全て紋を付けており、宮の使用人達の登録も済ませております。そうそう。仮にも嬪付きの筆頭女官が直々に持ちこんだ茶葉ですもの。調べるなどと、無粋な事はしておりませんわ」
「「え……」」
「まあ、二人は先程から随分仲がよろしいのね。まだ宮の整理が終わっておらず、恥ずかしながら埃もいたる所にありましたの。茶葉という繊細な味を醸す類の物は、一時的に預かっていただいただけ。そちらの黒茶も然り。とはいえ私は新参者。私の持参する黒茶に関しては事前に調べて頂き、品質も問題無しと言を取っております」
つまり後から私のお茶で具合が悪くなったと言いがかりは、つけられませんと言外に告げておきます。
「さあさ、それでは闘茶とまいりましょう。医官が用意された、白の陶器製の茶杯を使います。闘茶には、茶の色も大事な判断材料ですもの。よろしいかしら、陛下?」
「もちろんだ」
嬪達はみるみる顔から血の気が引いております。
しかしやると言った以上、後には引けませんよね。
「先程、皇貴妃が出された茶なら花。私の用意した茶なら鳥。春花宮の梳嬪なら風車。夏花宮の呉嬪なら月。花鳥風月の絵を彫った札を、これと思う茶杯の前に置いて下さい。ふふふ、これは勝敗を競うのではなく、陛下方の意向を汲んだ親睦を深める為の遊戯。気楽になさって」
「……」
無言で私をジロリと見やる陛下は無視して、皆の見ている前で茶を淹れていきます。
貴妃二人が私に贈った茶葉は、どちらも緑茶のような色合いです。
しかし茶葉の形状と香りから、一つは白茶。白茶は茶葉の白毛がついた者を、少し発酵させると、果物の香りをほのかに漂わせるのです。
もう一つは再加工茶ですね。香り付けした茉莉花茶です。色合いと茶葉の形状から、緑茶だとわかります。
物は悪くありません。しかし妾の嬪が正妻の貴妃に、謝罪の為に贈る品ではありません。
お茶好きの司空も、それに気づきました。眉を顰めます。
そんな司空を見た夏花宮の呉嬪。縁者だからでしょう。顔色が青を越し、白くなりました。