【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第21話

「先に証文を確認したいのですが?」
「もちろんです」

 丞相から証文を受け取り、隅々まで目を通し始めます。

「それとこの水仙宮への出入り権限もございますか?」
「ありますよ。貴女の信を失した事への責任は後宮の責任者お二人の落ち度ですからね」

 したり顔でサラリと告げる丞相。

 陛下は憮然とされましたし、皇貴妃も眉をピクリと動かしました。

「他の重鎮にも貴女からの持参金や現状について、既に話を通してあります。異例ですが、事が事ですからね。もしもの保険として入宮前に申し出られた件ですし、認めていただきましたよ。従来通り、この宮での裁量は主たる貴妃の物。それに加え、本来の後宮に認められる最低限の人員を外から雇い入れる事も正式に了承されました」

 丞相が入宮前の保険と発言したあたりで、陛下は苦々しそな様子で視線を逸らし、皇貴妃も涼しいお顔を保ちつつも、丞相を物言いたげに見やります。

「ただしその場合、貴妃が外から招いた者達の責は、貴女が負います。当然の事ながら、正規の近衛や女官達から不満は出るでしょう。それらも良く踏まえてお考え下さい」
「…………確かに」

 丞相の静かな声を聞き流しながら、証文の内容を確認し終わりました。首筋に手をやり、かさぶたをカリ、と引っ掻いてから、その指で印を押します。血判ですね。ここから更に印へと魔力をこめ、紙に血と魔力を定着させて二重の証とするのが、この世界の最も信用のある判となります。

「普通は指の血ではないか」

 破落戸を近衛兵に預けた陛下は、やっと言葉を発しました。顔芸は飽きたのでしょうか。

「必要なのは血と魔力。何事も有効利用ですよ。首も薄皮一枚とはいえ、不快な痛みはございますもの。第一、今の私の宮は不衛生です。傷を増やすのは悪手では?」
「……」

 にっこり微笑みましたが、無言になられてしまいました。流石に今は皇帝陛下のお顔をあまり崩されませんね。

「そうそう、後ろの方々でもし、出処のわからぬ貴金属をお持ちか、他にお持ちの方を見かけておりましたら、その方にお声掛けを。明日、正午の鐘がなる前に、まとめてこの宮へお持ちになって下さいましね」

 さすがに私の貴金属が識別できると知って、動揺されているようです。視線を揺らす方々に、後宮の新参者らしく便宜を計って差し上げます。

「まとめて持ってくる場合、ですが。どなたが、どこで、どのような経緯で、手に入れたのかを追跡調査するのは、とても面倒になるでしょう。もし何かの手違いで破損や紛失をしているようなら、弁済の金子を入れておいてくださいな。もちろん弁済金だけでなく、返却の際に誤って手にした事についての謝罪一筆したため、金子を添えて下さるならその方への私の気持ちも平穏になりましょう。他意があっても、なくとも、貴妃の金品を盗んだ罪に問われるよりずっと宜しいのでは? 私はそれで不問に致します」
「待て、後宮での盗難であろう。何故そなたが裁量する」

 まあ。陛下は責任を果たされてもいないのに、権利を主張なさるとは。

「私は構わないと申しましたが、後宮の責任者であるお二人の判断まで言及しておりませんよ? それにそもそもが私が入宮する前に送ったのです。監督不行き届きの責任者が残りを弁済されるのが、本来は筋というものでは?」
「口が過ぎるぞ」

 あら? 陛下が覇気をほとばしらせたせいで、周囲の女官達の顔色が一気に悪くなりましたよ? 皇貴妃もまた、堪えるように表情を硬くしております。

 陛下と皇貴妃の様子から、色々と難儀しそうだと判断します。しかし陛下の十年後の御世に関する契約を丞相と結んだ以上、解決事項の一つ。

「法に則ったお話しで、何故なにゆえ法をもって時に裁きを下す尊き御方が憤るのです? これに関しては、どなたが責任者か存じ上げませんが調べた方がよろしいかしら? その場合、本格的に刑罰としての証拠も提出する必要が出てまいる気が……」
「いい加減になさい! ディーシャ!」

 皇貴妃が美しい顔を赤く色づかせ、私の話を叫んで遮りましたね。

 ですが何故なにゆえ、皇貴妃が興奮なさるのでしょう? それに名を呼び捨てる仲になった覚えは、一切ありません。

「いかがなさいました、玉翠ユースイ殿?」

 あえて名前を呼へわば、我に返った模様。ようございました。美女に睨まれるのも慣れております。お互い気にしないように致しましょうね。そもそも皇貴妃と貴妃の立場は、後宮においては同じ。よって、ただただ微笑むのみです。

「そもそも陛下と皇貴妃、ひいては国庫の負担を幾らかでも減らそうとしただけの事ですよ? この後宮並びに国に責任ある方々が、全て弁済下さると? 本来ならそれが道理ですね。新参者の貴妃ではありますが、皇貴妃と同列の陛下の妻。法ではなく、道理にそいましょうか?」

 まあ、皇貴妃はギュッと下唇を噛んでしまいました。傷がつきますよ?

 後ろのお付きの方々も、厳しい眼光を向ける相手が私とは、これ如何に?

 今、正に御身に傷がつきそうなご自負達の主へと、その視線を向けなくてよろしいのでしょうか?

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