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僕は製薬会社を辞め、『勉強カフェ大阪』のオーナーになった。

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製薬企業の一社員だった僕が、勉強カフェを思いつき、2011年から勉強カフェメンバーに加わり、そこから独立して大阪に勉強カフェをオープンさせるまでのストーリーです。半分フィクション…
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記事一覧

第1話「社会人1年目。山口チームに配属され、絶対に落ちることができない試験がそこに…

2009年9月−−−−− 山口県、山口市。 「新山口駅」 東京から、新幹線で4時間半。 中国地…

第2話 社会人1年目〜2年目。水平線の向こうには

オフィス内には、K谷さんの怒号が鳴り響いていた。 「な・ん・か・い、言わせんねんッ!!」 …

第3話 会食という「学習」、それはコミュニケーションの楽しさにつながった

アァァ〜〜 しあわせぇのぉーーー とんぼよぉぉぉぉっッ  どこぉぉへ〜〜 お前は、どこ〜…

第4話 妄想がすでに実現されていてたまらずに動き出した

2011年5月のGW。久しぶりに僕は山口県から離れて、馴染みのある横浜・関内駅から近くのカフェ…

第5話 3年ぶりの東京、そして勉強カフェ。

何かが、動き出した。 レールからは、外れた。 山陽新幹線「のぞみ」の車輪のこと? ・・・…

第6話 田町スタジオのマネジャーになり、呼ばれた次の先は。

2011年11月 上京から1ヶ月が経過し、 アシスタントマネジャーとして田町スタジオを中心に勤…

第7話 関内スタジオオープンまでのこと

2012年6月 田園都市線・押上駅の近くに、 東京スカイツリーが開業した。 オープンしてから、早くして100万人の来場が告げられたり、 実家のある群馬に住んでいるときにはよく利用していた、 東武伊勢崎線にはスカイツリーラインという愛称が付けられ、 スカイツリーブームが世間では巻き始めていた。 勉強カフェはというと、 4月に初のFC加盟店として池袋東口から徒歩で通える抜群の立地、そしてカラーリングもオレンジやグリーンのビタミンカラーを活用した 斬新なデザインの池袋スタジオ

第8話 酒場をめぐり、人に触れ、机の上にはない世界を学んだ。そして大きな流れの渦…

2012年12月。 勉強カフェ横浜関内スタジオのオープンから、4ヶ月が経過しようとしていた。 …

第9話 アライアンス制度の開始。大阪というまだ見ぬ街へ憧れて、訪れた孤独の果てに…

2013年4月1日 エイプリルフール。 <嘘のようで本当のこと>という形で、 株式会社ブックマ…

第10話 中崎町で見た夢。

精一杯でかい声で、 よく分からない動きをしながら。 一生懸命、 それはそれは一生懸命に …

最終話 osakaikeru

2014年3月 3月にオープンする勉強カフェ京都同志社前ラーニングスタジオの立ち上げサポートの…