少林寺拳法と合気道無元塾 その3

今から三年前、私は人生に行き詰まったと感じた。

もう20年も経とうか、五十に近くなった私は、若い頃こんなことができるようになったらすごい、頑張ろう、と思って始めたことのうち自分でも結構すごいなと思うこともいろいろできるようになっていた。残っている問題は、これまでの試行錯誤から、難しくて到底どうにもならないだろうと思うことだけだった。例えば、英語で仕事のコミニュケーションが自由にできるようになったらすごいなと思って、我ながら体当たり的に頑張ってみたらかなりできるようになった。でも、ここからネイティブのようにはなせるようになるかというと、おそらくそれは今回の人生で残された時間では無理だろうと思う。できるようになったことと、到底無理だろうということというのは、この例のようなことである。行き詰まりとは、これから先、できるようになりたいことはあるがやってもできるようになるあてもないし、それ以外他にやりたいことがなにもない、という状況である。

これまでにできるようになったことだけで、同じところをぐるぐる回って残された時間を過ごすのは、私の選択肢になかった。何より、人間として生きていくための何かが足りない、と感じていた。例えば寛容さ。仕事を頑張りすぎているときなんかに、自分の頭の中を駆け巡るありとあらゆることに対する恨み節で、他人に対する寛容さや、何より自分に対する寛容さどころではなかった。自分の中を吹き荒れる嵐を、社会生活を送るためにできるだけ表に出さないように努力しけなければならなかった。人間関係はしなくてはならないことを増やす機会で大変なタスクだった。そして、常に頑張っちゃってるもんでその時代時代で自分を律する基準や方向性が大きく揺らいでいて、昔の友達にあうのが恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかった。この恥ずかしさについてはうまく言葉で表現できる。昔、流行ったファッションで意気揚々と写っている写真をみる恥ずかしさだ。同窓会なるものは絶対に参加しない。これについては他と同じように解決を待っている自分の一部であることは明らかなので別の機会に掘り下げる必要があるだろう。とにかく内面の寛容さ、特に自分自身に対する寛容さ、まずはそれを手に入れたいと思った。この問題は、どう取り組んだらいいのか見当も付かず、そもそも問題として捉えてもいなかったため、そのままになっていた。問題だ、なんとかしようと思っても、全く解決の糸口はなかったがこれを解決しなければこの先なんともならないだろうと思い、兎にも角にもこの問題に取り組んでみた。いつものように右往左往してみると、意外にも解決の道は存在していて、自覚ワークへとつながった。

もう一つ取り組んでもいいかなと思った問題は、もう20年近く前、少林寺拳法を頑張っていた頃、ぶつかっていた壁だった。少林寺拳法の練習では、いろいろな状況に対する対処法のように見える技を習う。技はたくさんあるので、対処法のライブラリーが出来上がる。このライブラリーをつかって実際に相手が何をしてくるかわからない状況で、技ができるかというと私の場合そうではなかった。自動車教習所で習うように、認知・判断・行動のように実際に自分の体が動き始めるまでには時間がかかる。何より、相手の攻撃を認知した後自分の技ライブラリを検索して適切な技を見つけるのに時間がかかる。いろいろな先生に相談したが、技が自然に出てくるまで繰り返し練習をする、と言うのが答えだった。おそらくその通りなのだろう。でも、私はこれまで少なくとも12年ある程度頑張って少林寺拳法をやってきたが、実際の自由攻防の中では何もしてないのと同じだった。これまで練習に費やした時間と私の人生に残された時間を見比べる。もし練習にかける時間を増やせるとしたらどれくらいだろうと考える。そして、結論した。繰り返し練習の道を選べば、自由に動けるようになるのは、今回の人生では無理だ。だから、これも、難しすぎて到底できないことの一つに分類して保留すべきだ。でも改めて考えてみると、何かやりようがある気がした。

そして、この動画に出会った。
https://m.youtube.com/watch?v=M61xLG_Obhg
この動画の33秒あたりで成田先生がマゴマゴする様子に、私はとても驚いた。「、、したら私だってこうなりますよ」と成田先生はおっしゃっていた。全くもって、私が問題だと思っているのと同じ状況だった。形稽古と自由攻防の間を埋める何かがここに行けば手に入るのではないかと思い白石先生の無元塾に参加させていただくことにした。

すでに書いたが、とても偶然とは思えない幸運で
、自覚ワークと無元塾の中心帰納には、まだはっきりとはわからないが、なにか共通点があるように思える。私は行き詰まりから二つの別々の問題に対処する道を独立に進んだつもりが、幸運にもそれらは同じ問題に繋がっている可能性が出てきた。こうして私は、行き詰まりを抜けて、次の人生のステージへと続くであろう探索の道に進むことができたのだった。





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