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さあ、顎を上げて笑おう!

 ベルX-1という飛行機をご存知でありましょうか?

 音速の壁を、初めて打ち破った(なのでマッハバスターとも呼ばれております)マシンであります。

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 ちっちゃくて、でもわりかしグラマー(パイロットであるチャック・イェーガー――昨年の十二月七日、九十七歳で他界されました――は同機の頬のあたりに「グラマラス・グレニス」とペイントしていました。グレニスってのはイェーガーの奥さんであります)な、オレンジ色の機体であります。

 田宮模型より発売のプラモデルを美しく組み上げた逸品が今手元にあります。

 サイズは掌大。鮮やか過ぎない橙に塗られたボディに、寸分の狂いもなく貼られた(グラマラス・グレニスのペイントも勿論再現されています)デカール、経年のニュアンスを漂わせた墨が効果的に散らされ、控え目に言ってとても美しい仕上がりであります。

 現役時代、編集部に出入りしていた某超有名モデラーさんが作ってくださいました。僕がベルX-1の信者だったから。

 どのくらい信者だったかっていうと、オレンジ色のグラマラスなスポーツカーにX-1のカッティングシートを貼り付けて乗っているほどのマニアでありました。通勤に使用していたミニベロもオレンジで、これにグラマラス○○○(当時の彼女で今の妻の名)って横文字をペイントしているほどの阿呆でありました。

 このベルX-1、映画『ライト・スタッフ』に登場しています。今さら紹介するまでもない映画なので一言だけで済ませますが、いや実にカッコいいですよね!

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 宇宙飛行の黎明期、宇宙飛行士に抜擢され、突如ヒーロー扱いされ始めた飛行機乗りたち(かつてのライバル?)を蔑むでもなく、羨むでもなく、自分はそちらに転向せず、これまで通り、ただ黙々とテスト飛行で独り(正確には、信頼できるメカニックと二人三脚で)飛び続けたチャック・イェーガー。

 そうありたい、と二十年近く前の僕ったら思っていました。

 漫画や小説が売れなくなり、で、どうなったかっていうとメディアミックスの時代が訪れたのであります。製作委員会方式で出資を募り、映像化して、これを強力な宣伝とし、もって原作を売らんかな、というやり方。いろんなとこからの金で作られます「総合芸術」に対して、原作サイドといえどもなんでも言えるわけではありません。それどころか、メディアミックスを前提に作らされる作品も日に日に目立つようになりました。

 流れに流されて、気付けば自分もディレクターではなく、プロデューサーという立場で働く機会が増えてきて、辛くて苦しくてもう駄目だ、とついには思うに至りました。映画でいうなら『下妻物語』のイチコみたいに、チームを脱して原点に帰りたくなった。

 そんな僕の机上にプレゼントされたのがベルX-1のプラモデルだったのであります。

『ライト・スタッフ』のテーマソングを聴きながら、奥歯を噛み締めつつ現場のモノツクリにこだわりまくりました、そういう一時期があった。流れに逆らうわけだから叩かれますし、小突かれますし、脅されますし、脱がされますし、終いにゃ白い目からのビームだって浴びせられます(わかってもいない小僧からのビームだったりもするわけです)。でも、仕上がってくる一冊一冊を見詰め、関わった仲間たちと杯をかち合わせ、作りたいものを作り続けていました(で、うちのチームは黒字を叩き出し続けていましたよ!)、そんな時代があったのです、ベルX-1はそんな時代の象徴なのでありました。

 すべては過去のこととなり(過ぎちまえばまあみな甘美な思い出であります……)、象徴よりは焼酎が大事な日々を生きつつ、しかし先日、ふとした拍子に段ボールから現れましたベルX-1を目の前にいたしまして、その力強き橙色に、おお、と思い、秋の西の橙を見上げ、自分のやるべきことが見えたかなって気がいたしました。

 最近小説とか書いていまして、公募という賞レースなんかにも先日初めて参加せざるを得なくなり、そのことについての心なき意見やら、あるいはそれなりに心ある意見やらにいくつかの場所にて照らされまして、おい自分、なんのために書いてるねん? と自問していたのだけど、うん、改めましてまたイェーガーの背中が見えた気がいたしましたよ。目の前の壁を、越えなきゃならない壁を越え、さらにその向こうまで愚直なまでに突き抜けてゆくためであります。そのためだけに書いている。

 時代の要請やら誰かの要請やらに従うのではなく(だって僕は今とことんインディペンデントなんだから)、とこしえに対する責任をまっとうするために、独り、書きます、幼き日にイメージした、死してもなお伝わる息吹を遺せるような、そんなありさまを体現するために筆を執るのであります。

 とどのつまりそれは、神さまとの対話であります。

 命尽きるその日まで、真っ白いくらいに苛烈な夏のために書き続けてゆく所存であります。

 オレンジ色の機体を見詰めながら今、はっきりとそう確信いたしました。

 さあ、顎を上げて笑おう。


文庫本を買わせていただきます😀!