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特等席の妻

「替わってあげてもいいよ」

 と朝食のあと妻が言った。

 日頃妻は、テーブルの向こうの彼女の席に僕が座るのを嫌がっていて、昨日なんかも(妻が掃除をするのに邪魔かな)と僕が思いイレギュラーながらも彼女の席に移動していたら叱られた。

 ――なんであたしんとこに座るの!?

 そんな妻が今朝突然、なにゆえに席の交換を持ち出したのか……、訝りながらも僕は自分の席を立ってみた。

「こっちからだとさあ……」と妻も立ち上がりながら言った。「あなたのうしろの空がきれいなんだよ、毎朝毎朝、額に飾られた新しい絵みたいに」

 妻の席に座ってみて驚いた。僕の席に座った妻の頭上に、八月の青と白が、のびやかに、晴れやかに広がっているのだった。

 妻がときどき僕の頭上に目をやっていたのは背後霊を見詰めていたわけじゃなかったんだ……(゚∀゚ )/ビビッタゼ

「こっちからだとさあ……」と妻はまた同じように言った。「あたしの顔しか見えなかったでしょう?」

 確かに……、と思った。僕の側からだと妻の顔と、その向こうの壁やドアしか目に入らなかった。

「ずっと内緒にしといたんだよ」と妻は言った。「悪いな、とは思ってたんだけどね、特等席を譲りたくなかったからさあ」

 いいですよ、と思った。持病を抱えて妻は、調子の悪い日をやり過ごさなくてはいけなかったりする。だから特等席からの青空くらい好きなだけ眺めたらいいのだ。

 妻に席を返し、それから僕はウクレレのネックを握った。

「BGM付きで八月の空をご観賞ください」

 ケアリー・レイシェルの、海を思わせるハワイアン(E O Mai)を弾いた。

 妻は気持ちよさそうに目を閉じて、そして開くと、僕の頭上を眺めて、ふふふ、と笑った。

photo:Somchai Sumnow


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