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みごとなサバサバキ

 居酒屋『すく』のあひる店長すくが、新しい日本酒を提供してくださった。

手前が すく、奥が らっくん。
・すく:フルネームはすくいーじー。あひるのメスで23歳。テニスプレーヤーになってウィンブルドンのセンターコートに立つのが目標だったが、途中からお嫁さんになることに夢が変わる。テレ東マスコットのナナナ(個人名はらっくん←ラッキーセブンからの命名)に出会って結婚し、らっくんの仕入れ力を借りながら今は居酒屋『すく』の料理人兼店長を担当している。パパパの胃袋は実にすくに握られているのであった。
・らっくん:ご存知テレ東のマスコット。パパパの血圧を下げてあげます(バナナにはギャバが含まれてるんだっけ?)とばかりに我が家にやって来てすぐにすくに一目惚れ。一年付き合ったあとすくと結婚。手持ちのタブレットで情報を集め、すくのために食材を調達。居酒屋『すく』の看板バナナにしてすくの旦那さん。

『まんさくの花 雄町70 純米一度火入れ原酒』は岡山県産雄町(おまち)を原料米にした日本酒。

 たまには純米酒。しっかりとした味わいを楽しもう。

 新しい日本酒のために妻が、魚の干物セットを買ってくれた。

 ノドグロ。
 カマス。
 ハタハタ。
 アジ。
 サバ。

 高級魚ノドグロはあとの楽しみにとっておく。大好きなカマスもとっておく。

 まずはアジか、あるいはサバか。

「あたし、今なら青魚いけるかも!」

 と妻が嬉しそうに言った。

 持病の食事制限で妻は、いつもなら白身の魚しか食べられない。でも……、

「ここんとこ調子いいから、青魚食べてみるチャンスかもしんない」

 と言うので、じゃあ痛くなりそうだったら残しなさいよ、と『過保護のカホコ』の麦野くん(懐かしーな!)みたいに言いながら僕は、サバが大ぶりだったのでその一尾をこの日は分け合うことにした。

 まんさくの花を開けて片口に注ぎ、ほわんとした気分になっていると、妻が、焼き上げたばかりのサバを運んできてくれた。

「あたし、ちっちゃいほうでいいから」

 開かれた身の小さい方を自分の皿に載せて妻は、へへへ、と笑った。

 カホコみたいな妻は上手に魚を崩せない。

「あんたは上手だねえ」

 と、僕の箸捌きを見てそんなふうに、まあたいていいつも言う。

 僕は猫みたいに上手いのだ、魚を食べるのが。

 凶悪なまでの骨を持つ、例えばヒラだって、地道にじわじわと解体し、食べられるところを全部きれいに平らげる。

「骨よけてやるよ」

 我がスキルを発揮してやろうと思った。

「アリガトゴザイマス!」

 という声を聞きながら僕は、自分の皿のサバを解体し、骨のない、ぽってりと食べがいのありそうなところを、一つ、また一つと妻の茶碗に運んでやった。

「ア、アリガトゴザイマス、ア、アリガトゴザイマス」

 と言いながら妻は、それを食べているようだった。

 すくおすすめのまんさくの花を僕は傾け、ナスの煮びたしをつまみ、妻特製のだし巻き玉子を味わいつつ、せっせとサバをほぐしていった。

「ア、アリガトゴザイマス、ア、アリガトゴザイマス、ア、アリガトゴザイマス、ア……、デモ、モ、イイデス」

 と妻が言ったので、僕は自らの箸捌きに暇をやった。

 そして何気なく妻の皿を見たのだが……、そしたら驚いた!

 ほぐしてやったサバとの交換で、妻の皿のサバをこっちにもらうつもりでいたのだが、あるはずのサバがもうまるまるないではないか!

「え?」と目を疑いながら尋ねた。「自分でほぐせたんだ?」

「まあね……」と妻は自分でもびっくりしているようで、「あたし、いつの間にこんなに上手になったんだろ?」と首をひねっている。

 骨の一本も残さず、きれいに平らげられている。

「これからはもう、ほぐしてもらわなくていいかもね。あたしにもついに自立の時が来たか」

 そりゃよかった。

「ってかサバってあんまり骨ないんだねえ」と妻。

 ……骨がない?

「……あ!」と僕はやっと気が付いた。「こっちのはおっきかったけど……、でも骨が付いてる半分だったんだな!」

「ん?」

「骨のない、食べるのにやっかいじゃない半分を自分のサバにしたな!」

「……そうだった?」

「見てみなよ、こっちの」

 そう言って、背骨のある半身を見せてやった。

「ありゃりゃ、ホント! 骨だらけじゃん、そっちの!」

 わざと、ではなかったんだな……。サバにはあんまり骨がない、ってホントにそう思い込んでいたんだ……。それにしても……。

「自分の半身をもぐもぐしながら君は、ほぐしてもらった身も同時にぱくぱくしていたのだね?」

「アリガトゴザイマス」

 カホコにやられてばかりの麦野くんである。

 まあ、いい。青魚をそれだけ食べて、でも痛くないならなによりだ。

 まんさくの花をまた傾けて、しみじみと味わい、妻を眺めて、平らかな気持ちになれた。

「みごとなサバサバキでございました」

 と、ねぎらわれ、片口の角度をさらにつけ、今夜は酔うか、と僕は思った。

photo:Annette Meyer





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