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時代に揺られる隅田川のあり方 後編 -荒川区景観まちづくり塾2022 〈第2回講座〉-

荒川区景観まちづくり推進委員、委員長の山本です。
このnoteでは、私たちの委員会による景観まちづくり活動について記しています。
今回は、2022年9月17日に開催された荒川区景観まちづくり塾2022〈第2回講座〉について。

第2回の講座は、隅田川【講義編】です。
テーマは、隅田川の概要と水辺を活かしたまちづくり。

今回は後編。
ゲスト講師に東京都と荒川区の担当者をお招きし、座学で隅田川や、川と荒川区の関わりについて学んでいきます。



前編はこちら




2. 講義その①:河川事業から見る隅田川と街

続いてはゲスト講師を招いての講義。講師は東京都職員(東京都建設局河川部計画課低地対策専門課長)の加賀屋博文さんです。

東京都が隅田川で行ってきた事業から、どのように安全が作られてきたか、またこれから目指していく水辺空間のあり方について学びます。

これまでの河川事業を振り返ると、明治期以降、〈洪水〉〈高潮〉〈地震・親水〉と、時代ごとに求められる対策に変遷があるのが分かります。先ほどはくらしぶりや産業の観点から揺れ動く隅田川の価値について学びましたが、やはり河川事業も同じような背景を抱えていたのですね。


洪水対策事業:荒川放水路
荒川区は、武蔵野台地と下総台地に挟まれた「東京低地」と呼ばれる地盤高さの低いエリアです。そのため、江戸時代から水害対策などさまざまな事業が行われてきました。

明治期にはたびたび大きな水害に見舞われ、明治43年の大洪水では15万人以上の被災者を出すほどでした。
この水害を契機に荒川放水路(現在の荒川)の整備事業が行われ、昭和5年に完成。
洪水に対する安全性が飛躍的に向上し、それまでは遊水池とされていた荒川区でも土地利用が進みました。


高潮対策事業:防潮堤

土地利用が進み、荒川区には工場が建ち並ぶようになります。そうすると、大正期以降、工業用水の汲み上げ等により荒川区でも地盤沈下が急激に進行しました。

足立区千住仲町では1.5m程度沈下したと東京都の記録に残っています。(荒川区の記録はありませんが、同等程度の沈下と推測されます。)
その後、昭和40年代に地下水利用の規制が行われたこともあり、地盤沈下はなんとか留まりました。
しかしこれにより、高潮による被害が増加。
特に大きな被害があったのが、昭和24年のキティ台風です。
このような大きな高潮にも対応できるようにということで、隅田川沿いに防潮堤を整備していくこととなりました。

以降、より大きな水害があった場合は、それにあわせてより大きな堤防を設置する事業が行われていきます。現在も一部残るカミソリ堤防ですが、既存の防潮堤に沿わせながら川側に張り出すようにつくられているのですね。

隅田川では昭和50年に整備が完了し、以降は高潮被害が出ていません。


地震・親水対策事業:スーパー堤防

高潮対策として機能しているカミソリ堤防ですが、これにより川と街が分断されてしまうという課題がありました。これを解決するため、新たな堤防「スーパー堤防」の事業が昭和55年より開始します。隅田川のカミソリ堤防完成から、わずか5年後のことです。

その背景には、下水道の整備などにより、昭和50年代には汚染されていた隅田川の水質が戻り、中止されていた花火大会やレガッタ大会も復活するなど、川との繋がりを求める機運の高まりがありました。

スーパー堤防とは、緩やかな丘で川と街を繋ぎつつ、水害から守るための構造物。
この盛り土による対処には、地盤沈下で失った地盤高さを取り戻すという考え方も含まれているようです。

荒川区内では8地区、約8kmのスーパー堤防の整備を進めており、現在までに4kmの整備が完了。なお、隅田川沿いでは荒川区がスーパー堤防の整備率No.1です。


区内スーパー堤防の事例をご紹介。まずは白鬚西地区、汐入公園のスーパー堤防。

整備前は木造家屋が密集しており、造船所も東端に残っていました。

その後、スーパー堤防が整備され、テラス、公園、マンションなどが整備されていきました。

こちらのスーパー堤防の特徴は、その下を道路が走っていること。
これにより、より高いスーパー堤防となり、大地震による地盤沈下や高潮などの災害に対してゆとりある計画にすることが出来ました。

他にも、隅田川沿いではじめて中学校と一体で整備した西尾久3丁目地区のスーパー堤防、セットバックしてステージとしても使えるように整備したあらかわ遊園のスーパー堤防など、区内でも特徴のある親水空間の整備が進められています。


こういった護岸工事の他にも、隅田川下流域では川沿いにオープンカフェや隅田川版川床(かわゆか)の「かわてらす」が設けられています。また、イベントとして隅田川マルシェが開催されるなど、さまざまに取り組みが行われています。

近年のスーパー堤防やテラスの設置により、隅田川沿いでは親水空間としての川辺が戻って来ました。
荒川区でもスーパー堤防の整備が進んでいますが、賑わいの空間と呼べるにはまだまだこれからという印象。
下流域での先進事例を参考にしつつ、荒川区ではどんなことができるか、考えていきたいですね。



3. 講義その②:地図から見る隅田川と街

引き続き、講義その②ということで、荒川区職員(荒川区防災都市づくり部参事都市計画課長)の川原宏一さんにご登壇いただきました。

川原さんには、さまざまな地図から川や荒川区のまちづくりのポイントをお話いただきました。


ガイドマップあらかわ

荒川区に転入してきた方に手渡されるという「ガイドマップあらかわ」

ダウンロードはこちらからどうぞ。
〈荒川区ホームページ〉
https://www.city.arakawa.tokyo.jp/a004/kunogaiyou/kihonjouhou/guidemap.html

この地図を見ると、現在区内には3つの警察署があると書いてあります。それでは、この範囲はどのようにして決まっているのでしょうか?
正解は昔の街の区割り。
1932年、南千住町・三河島町・尾久町・日暮里町の4町区域を東京市荒川区としたのが荒川区のはじまりです。
そして、それらの境目は堀や中小河川があった場所。
今はいずれも暗渠となっているので一見してわかりづらいですが、これから暗渠についても学んでいきますので、そのあたりも確認してみてください。


ではその前はどうだったかというと、三河島村、町屋村、上尾久村、下尾久村、谷中本村、小塚原町、中村町、通新町、真正寺門前の全域、新堀村、三ノ輪村、千束村、金杉村、船方村、橋場町、三ノ輪町といった町村が存在していました。

「船方村」「新堀村」「三河島村」「橋場町」「汐入」のように、名前に「川」に関する文字が入っているものもいくつかあります。現在も、公園の名前や学校の名前にこういった昔の地名が残っていますので、ぜひ注目して街を楽しんでもらえればと思います。


都市計画図
そして現代の地図、都市計画図です。

都市計画図は主に用途地域を示した地図ですが、多くの場所が紫色に塗られています。紫色は準工業地域を示しています。
実に区内用途地域の60%以上が準工業地域ということ。
これも、昔から川が流れていたエリアであったことと無関係ではないはずです。

また、隅田川沿いに黄色く塗られている場所が多くみられます。
これは第一種住居地域で、住居の環境を守るための地域です。
あらかわ遊園や尾久の原公園、天王公園、汐入公園など、いずれも川沿いの開放感のあるエリアが指定されています。


そしてもう1つ、下水に関する地図も見せていただきました。
血管のように広がる地下の風景、これも荒川区の「水×景観」です。
地下ということで、なかなか見ることは叶いませんが、三河島の水処理場に行くとその一端に触れることが出来ます。
こちらは国指定の文化財で一般公開もされていますので、ぜひご覧いただければと思います。



4. 質疑&意見交換

さて、ここからは参加者がもっと聞きたいことを質問したり、さらに深掘りして意見交換するためのコーナーです。登壇者は引き続き、東京都職員の加賀屋博文さん、荒川区職員の川原宏一さん、原澤委員です。

いくつか個人的に面白いなと思った質問をピックアップして書きますが、それでも質問・回答をそのまま書くととんでもない情報量に…。ということで、僕なりに編集して掲載していきます!意図や表現の機微を間違えてしまっている場合もあろうかと思いますが、どうかお許しください。

Q. 隅田川流域の中で、荒川区の水辺の特徴は?
隅田川沿いにおいて、スーパー堤防の整備が1番進んでいるのが荒川区。
汐入公園のある白鬚西スーパー堤防は大きく作られた緑の多い場所で、開けていて気持ちいい空間が広がっているのが特徴。

Q. 隅田川はもう氾濫しない?
荒川(荒川放水路)があるため、隅田川自体が洪水であふれることはまずない。
ただ、荒川が氾濫して、足立区に溢れた水が隅田川へ、そして荒川区に流れ込む可能性はある。ハザードマップに掲載されている情報は、そのケースを想定したものなので、ぜひ確認してほしい。
高潮に関しては、十分な高さの堤防が設置済みだが、全くゼロというわけではない。地震により堤防が損傷しないように、現在対策を進めている。

〈荒川区ホームページ〉
https://www.city.arakawa.tokyo.jp/a013/bousai/suigainisonaete/suigaimap.html

Q. どうして直立護岸の防潮堤は、カミソリ堤防と呼ばれているのか?
防潮堤のコンクリート断面がT字のカミソリに似ているから。
(他にも、洪水により決壊または破堤することを「切れやすい」と言い、その様子をカミソリに掛けたという説もあるようです。)

Q. 都から見て、荒川区の水辺空間の利活用の可能性は?
近年、河川法が改正されてきて、さまざまな取り組みができるようになってきた。
これまでメインで行なってきた隅田川下流域の取り組みは成熟してきている状況。
上流側も空間的なポテンシャルは高い。都としても、川沿いで活動している方とどういうことができるか、相談しながら上流でも活動も展開していきたい。

Q. 区から都に、リクエストは?
区民の意見としては、汐入公園の隅田川沿いの通りに照明が欲しいという声がある。
また、川沿いのテラスをすべて繋いで歩けるようにして欲しいという声も。
下水や処理水の放流箇所や、京成本線の下の高さの低い箇所など、物理的に難しい部分もあろうかと思うが、なんとかクリアできたらとお願いしたい。

Q. 区として、親水空間の展望はある?
荒川区内では、今後整備予定の公園として、町屋公園と、天王公園の2つがある。
いずれも隅田川に接していて、スーパー堤防も整備される予定。
商業的に成り立つかという心配もあるが、賑わいや憩いの空間としての可能性を探りたいと思っている。公園を管理する区と河川を管理する都が、一緒にやれることもあるのではないか。

と、具体的なお話も出てきたところでお時間となりました。
東京都と荒川区、それぞれのご担当者が一堂に介した公開意見交換というのは意外と見られない気がするので、その意味でもとても貴重な時間でした。



隅田川と荒川区のこれまでを振り返るとさまざまに関わりながら、街が作り上げられていったということがわかりました。
今も現在進行形で進む隅田川沿いエリアの開発。
特に質疑最後のお話で挙がっていた町屋公園や天王公園の件は、これからの荒川区の景観がどんなふうに変わっていくのか、期待に胸が膨らむお話でした。

さて次回、第3回の講座は隅田川体験ツアー。
今回学んだことを携えて、隅田川や隅田川に関連のあるスポットを回ります。
ツアーは、乗船ツアーと街歩きツアーのふた手に分かれて開催。
それぞれに見どころをたくさん詰め込んだものになっていますので、次回もお楽しみに。


荒川区景観まちづくり推進委員 委員長 山本展久




荒川区景観まちづくり塾 2022 〈第2回講座〉
・内容:隅田川【講義編】
・日時:2022年9月17日(土曜日) 13時30分〜
・場所:ひぐらしふれあい館(東京都荒川区東日暮里六丁目 28番15号)
・講師: 加賀屋博文氏(東京都建設局河川部計画課低地対策専門課長)、川原宏一氏(荒川区防災都市づくり部参事都市計画課長)
・話題提供:原澤優介氏(荒川区景観まちづくり推進委員)
・司会:大野整氏(荒川区景観まちづくり推進委員)、菊池晃央氏(荒川区景観まちづくり推進委員会 学生委員)

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