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郷土紙という超ローカル新聞(連載17)逮捕されたからといって名前が出るわけではありません


逮捕されたら地元の有名人!


日本では、事件の被疑者や交通事故の第一当事者(事故の過失の多い側)の身柄を拘束、いわゆる逮捕した場合、報道機関に向けて「詐欺容疑で邦立市の幹奈汚斗57歳、男性を現行犯逮捕した(固有名詞は架空・仮名、以下同じ)」などと発表します。

少年法で保護されている未成年を除き、逮捕された人は原則として実名で発表されます。新聞やテレビでは、事件や事故の重大性や注目度を各社で判断しながら記事、ニュースにし、発表された通りの実名で報道します。
報道されないためには、被疑者になるような悪いことはしない。法律を守る。平凡な人生を100歳まで過ごすためには、十分注意しなくてはなりません。

遵法精神あふれるふつうの会社員が逮捕されるのは、どういうケースが考えられるでしょうか。


車を運転中に反対車線の歩道上で前沢優作さん(仮名、本当に仮名なんです)が通行人にお金を配っているのを目撃し、うっかり脇見したときに横断歩道を渡っている小学生にノーブレーキで突っ込んだらほぼ逮捕されることでしょう。
毎日理不尽な要求をする上司に腹を据えかね、つい殴ってしまっても大変です。社内ではその瞬間だけ「よくやった」と拍手喝采を浴びるかもしれません。一躍ヒーロー、ヒロインになり、その夜の祝賀会に主賓招待を受けることもありえます。
しかし、頂点にいる時間はほんのわずかです。15分後には、総務課長、警備員とともにやってきた警察官から鍵でしか外せないブレスレットをプレゼントされ、高級車の代名詞、運転手付きのクラウンで会社を去ることになります。
そして夕方のニュースで名前が晒され地元の有名人になってしまいます。


今回は貸し1だな


とはいえ新聞やテレビは、警察から発表されたすべての事件を記事化するわけではありません。また、警察もすべてを発表してはいません。
近所のスーパーの万引きで逮捕になった案件やケンカがエスカレートして相手が骨折した程度では、よほどのことがない限りベタ記事にもなりません。初犯の覚醒剤取締法違反も暴力団関係者や著名人以外は発表されることはないと思われます。

このほかにも同業者(新聞社、テレビ局)の不祥事は、よほど大きな案件でなければスルー(記事化しない)または、ベタ記事で済まします。被疑者表記も「本郷市の男(38)」などと情けをかけるケースもあります。


世間で批判を浴びる「身内に甘い」というヤツですね。比較的仲の悪い新聞社同士でも同業者の不祥事は、手心を加えることが多かったように記憶しています。
なぜなら、ほとんどの記者は自社の社員(記者だけでなく営業、総務含めてすべて)を振り返ってみれば事件を起こしそうな社員、アルバイトを30秒以内に最低5人は挙げられるからです。

郷土紙のレベルになると大スポンサーや関連会社の社員が逮捕されるような案件も黙殺されることが多いです。
私がかつて所属していた本郷日報(仮称)のケースを一例にすると…。
※ おもしろおかしくするため 紙名の特定を避けるため一部内容を加工しています。

購読料と広告費、事業協賛で年間ウン千万円を本郷日報(仮称)に支払っているような大きな会社の社員が仮に窃盗で逮捕された場合、すぐに総務課長あたりが編集局にやってきます。

市内の老舗和菓子店の一箱1万円くらいのお詫び用お菓子を手土産に編集局長を訪ね、応接室で世間話をします。15分くらいしたら帰るのですが、編集局長は、それですべて理解します。
これまでに何度かこういうやりとりがあったので実際にはただの様式美ともいえます。
この総務課長、けっこう"おっちょこちょい"のようで手土産に社内のメモ用紙とかをうっかりまぎれさせてしまうことがよくあるんですね。たいていは、社内会議の司会者の名前が書かれているようなどうでもいいメモなんですけど。

こういうときに前後して警察から送られてくる発表事件の被疑者と総務課長がまちがえて混入させてしまったメモの名前が一致するという現象が不思議なくらい多くみられます。なぜですかね(真顔)

事件・事故担当の記者が警察発表をもとに記事を出稿しても「ごめん、紙面が足りなくて窃盗のアレ、ボツにさせて」とデスクが謝ってきます。ほぼ同じくらいのタイミングで編集局長が「これは貸し1だな」とつぶやくことでこの件は終わりです。
あまりにも大きな事件の場合は、多少触れざるをえませんが、ショボイ犯罪はあえて深追いすることはありません。

総務課長が来るのもその会社の社員というよりも子会社や関連会社の社員が逮捕されたという案件のほうが多いわけですが、地元の有力企業だけあって縁故や義理で採用しなければいけない「試験外入社」の社員もけっこういます。体面を気にする会社の総務課長の裏業務もけっこう大変です。

地方紙レベルになると一応は、記事化することが多いようです。あまり深追いはしないと思いますが。
以前、愛知県に立ち寄ったときに夕方の地元ニュースで「トヨタ自動車の社員、○×⬜︎郎容疑者を逮捕しました」という報道をみて「けっこう攻めてるな」と思ったわけですが郷土紙は、こういうニュースについては事なかれ主義を貫くことが生き残りの秘訣です。

「こんなことでいいのか?」
と、糾弾したくなる人もいることでしょう。「やっぱりマスゴミ」と思うこともあるかもしれません。こっちはマスではなくミニなんですけどね。

そもそも一市民が勢い余って、あるいはつい魔が差してやってしまったようなことを一つひとつ記事にして「悪を懲らしめた」と思っているほうがおかしいわけです。
巨悪でない限りスポンサーかどうかに関係なく、その程度の事件なら逮捕者の名前を出さなくてもいいと思います。罪を憎んで人を憎まずの姿勢でいいのではないでしょうか。

というわけで総務課長のお土産は、なくてもよいわけですが、ごっつぁん癖のついた私を含む記者たちには、とてもありがたいものでした。

捕まる人けっこういます



実際に自分の住んでいる地域でどのくらい事件があって、どれほど逮捕者が出ているのでしょうか。
興味ある人は、朝、警察署の前に行ってみてください。
署によって時間が違いますが、青と白のバスがやってきてスエット上下にサンダルばきというスタイルの逮捕された人(被疑者)をバスに送り込んでいる光景に出会えることもあります。
毎日複数人を送り込むのは、ある程度格式の高い(?)都心部や県庁所在地の大きめの警察署ですが、人口15万人くらいの地方都市でも数日ウォッチしていればこういう光景を見ることができます。
たいていは覚醒剤、窃盗、軽い傷害、酒気帯びで逮捕された人たちです。それくらい世の中では捕まる人はけっこういるのです。

安心してくださいというのは良くないかもしれませんが、逮捕されたからといってすべてニュースになって報道されるわけではありません。

全国紙やテレビも載せるネタがたくさんあるのでそういう微罪をいちいち取材するヒマがないのが現状です。




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