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世界がそう決めたんです

 僕はこの世に誕生したときから少し変わった人間だったらしいです。

 「らしい」と言うのは、外から見れば変わっていると思われることでも、自分からすれば全然変わっているという自覚なんてこれっぽっちも無いからで、普通に生活している僕に「変わってるよね」としょっちゅう言ってくるアナタたちの方が、僕からすればよっぽど変わっているように見えるのですよ。

 基本的な性格というものは大人になってからもそう変わるモノでもなく、僕は相変わらず僕のまま毎日を過ごしているし、アナタ達は相変わらず僕のことを「変わっているね」と言いながら、僕の生活に毎日ちょっとずつ関わっていて。
 アナタたちは毎日毎日飽きることなく、同じことを指して「変わってるよね」と僕を指摘しているにもかかわらず、変わっていることが当たり前だと受け入れることが出来ないんです。だからやっぱりアナタたちの方が変わっていると僕は思うのですよ。そんなこと考えながら、僕は「そうですか」と毎日毎日答えているけれど、そろそろもういいんじゃないかとも思うんです。

 ある日、僕はアナタ達とはまた別の意味で変わっている人と出会うことになりました。

 その人は、僕に対して「変わってるよね」という言葉は一切使わないのです。どうしてそうなのかを考えてみたところ、僕は小さい頃、彼に会ったことがあるような気がしました。だから、彼に「どこかでお会いしたことがありますか?」と聞いてみたところ、彼は少しニヤリとした後「ええ。忘れてしまいましたか?」と答えました。

 僕はこんな性格だけど、今まで僕にかかわってきた人間のことは忘れないとずっと思っていたので、その事実に非常に驚きました。
 どれだけ一生懸命頭の中を探ってみても、どうしても彼のことを思い出せなかった僕は「すみません。アナタの事をどうしても思い出すことが出来ないのです」と頭を下げましたが、彼はニヤニヤしたまま「いいんですよ。それでいいんです」と僕の肩にポンと手を乗せてそう言いました。

 どうして彼は僕が彼のことを忘れていていいんですと言ったのでしょう。

 僕はその日から彼のことが気になって気になってしょうがなくなってしまいました。でも、仕事以外の場所で彼にコンタクトをとる度胸なんて持ち合わせていなかった僕は、いつも視界の片隅で彼の姿を探し、そして観察していました。

 そして僕は毎日彼を見ているうちに、彼がアナタたちから「変わってるよね」と言われていないことに気がつきました。どうしてでしょう?彼はアナタたちとはどこをどう見ても同じ部分などないにもかかわらず「変わってるよね」とは言われないのです。どちらかと言えば、彼より僕の方がアナタたちと似通っている部分が大きいはずなのに。

 もしかすると、僕が認識できないこの世の常識というものがこの世界にはあるのかもしれない。

 その考えが正しいことを裏付けたくて、僕は一生懸命この世界のことを学び始めました。もうすっかりいい大人になってしまってからこんな初歩的な事を学び始めると決めるのは少し難しいところもありましたが、それでも僕は彼に対しての疑問を払拭したいという思いから一生懸命に学びました。

 今思えば、そんなまどろっこしいことをしなくても、すぐにでも彼に直接問うてみれば答えを簡単にもらえたのかもしれません。でも僕は、何となく彼に対して真っ直ぐに疑問をぶつける気持ちにはなれなかったのです。

 もしかすると僕はずっとずっと心の奥底では、アナタたちが僕に対して「変わってるよね」と言ってくる根本的な原因を知りたかったのかもしれません。もちろん、アナタたちに直接そんなことを聞くことは出来ませんでしたし、「変わってるよね」と言われた瞬間僕は反射的に「アナタたちの方が変わっている」という考え以外は頭の中からすっかりと消え失せてしまうので、直接問いかけるということは現実的な方法として不可能ではあったのですが。

 勉強を始めてどれくらいの時間が経った頃でしょうか。
 僕はふとあることに気がつきました。

 彼は僕にそっくりだったのです。どうしてそんなあからさまなことに気がつかなかったのでしょう。彼が僕にそっくりだということは、僕が彼にどこかで会ったことがある気がしたもの当然のことなのです。だって、どこにいても毎日いつでも僕は彼と対面してきていたのですから。そして、そのことに気がついた瞬間、僕にある考えが浮かびました。

 彼と入れ替わることが出来たら、僕もアナタたちの世界に受け入れられるのではないか。と。

 今までアナタたちの世界に僕が適応しようなんてことを考えたことなんてこれっぽっちもありませんでした。でもどうしたことでしょう。彼と僕がそっくりだということに気がついてしまってからは、そんな考えが僕の頭の中から離れていかないのです。朝も昼も夜も。眠っている時ですら考えていたかもしれません。そしてその考えはべっとりと僕の中にこびりついてしまい、どれだけ消そうとしてみても消えることはなく、むしろどんどんと体積していくようでもありました。

 僕の抑圧する力が限界にまで達しようとしたある日、彼はふらりと一人で僕の前に現れました。
 いつものようにニヤニヤとしながら僕の所まで進んできた彼は「やあ」と言いながらポケットから片手を出すと僕に向かって挨拶をしてきました。僕は彼に自分の心の中を知られないように表情をなるべく変えることなく挨拶を返しましたが、彼はそんな僕を見ながら全てを知っているかのようにニヤリと笑いました。

「アナタ、僕と入れ替わろうなんて思ってますよね」

 そう言った彼を見ながら、僕はどうしてそんなことがわかってしまうのだろうと彼のことがほんの少し怖くなりました。でも、そんなことで入れ替わることを辞めてしまおうなんて考えるわけもなく。僕は「どうしてそんなことを思ったんですか?」と、平然を装って答えましたが、彼はそんな僕に対してちょっと可哀そうなものを見るような目を向けると「それはやめといた方がいいと思いますよ」と真面目な口調で言いました。
 彼がそんな真剣な話し方をするのを見たのは初めての事だったので、僕は「よかったらその理由を教えてくれませんか?」と、初めて彼に問いかけてみました。あれだけ直接は聞けないと思っていた彼に対してそんなことを聞けたのは、彼がいつもの彼とは違った空気をまとっていたからでしょうか。

 しかし、彼は僕の問いに答えることなく「辞めた方がいいです。忘れてしまいましょう」と繰り返し言い続けます。何度も何度も何度も何度も。彼の声がいつしか僕の声へと変わっていきます。とはいえ、もともと彼と僕は同じ声をしていたのですから、どこまでが彼の声でどこからが僕の声だったのかは僕にはまったくわかりません。
 呪詛のように繰り返される「忘れてしまいましょう」という言葉が、僕の思考を停止させようとしてきます。僕はそれに抗おうと必死に抵抗しながらも「忘れてしまいましょう」と呟き続けてもいました。

 どれくらいの時間が過ぎたでしょうか。

 いつしか彼は僕の目の前で泣いていました。

 「どうして泣いているのですか?」僕がそう話しかけると、彼の口も僕の声に合わせるように「どうして泣いているのですか?」と動きました。
 どういう事でしょうか。僕は事態を飲み込むことが出来ず、彼にもう一度問いかけてみました。「なぜそんなに悲しそうなのですか?」。すると彼の口もさっきと同じように僕の声に合わせるように「なぜそんなにかなしそうなのですか?」と動きました。
 どういう事でしょうか。僕は事態を飲み込むことが出来ず、何度も彼に同じように話しかけました。すると、彼の口は僕の声に合わせるように何度も動きました。そして、僕は自分自身も彼と同じように泣いていることに気がつきました。

 ああ。そうだった。

 彼と僕の姿がシンクロした瞬間、僕はすべてのことを思い出しました。彼は僕です。僕は彼です。幼かった頃、僕は「変わってるよね」と言われることに心底嫌気がさしたことがありました。そして、僕は小学校の校舎から飛び降りました。目が覚めた時、僕は彼と二人になりました。僕は僕に向けられる「変わってるよね」という言葉を全て引き受けるために僕を切り離しました。
 だから彼は決して「変わってるよね」と言われることは無いのです。僕は「変わってるよね」としか言われないようになっているのです。世界がそう決めたのです。僕の作った世界がそう決めたのです。

 どうして僕は彼に気がついてしまったのでしょう。

 その理由は分かりません。

 僕はこの後どうすればいいのでしょう。

 それも僕にはわかりません。
 そして、彼にもわからないことでしょう。

 とりあえず、僕は彼と一緒にビルの屋上へと向かうことに決めました。

(終)

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