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カレーにバナナ☆バナナカレー☆

一度昔に書いたことがあるのだけれど、お題に上がっていたのでリライトしてみようと思う。
ーーー

あれはそう。今から約20年ほど前の話。
私は鍋いっぱいに作ったカレーにバナナを投入したことがある。

初めからカレーにバナナを入れようと思っていたわけではかったのだけれど、最終的に私はカレーにバナナを入れた。

かなり大きめのバナナをまるごと。
しかも2本。

当時、まだ新婚ぴっちぴちだった私は、2年ほど行動を共にしていたとはいえ、旦那の味覚に関する情報をそれほど持ってはいなかった。

一緒にケーキだのパフェだのをよく食べに行っていたので、彼が甘党であることは知っている。

珈琲が苦手で紅茶が好きなことだって知っている。

脂っこいモノを食べるとお腹が痛くなることだって知っている。

でも、すっぱいモノ・辛いモノに対しての情報はほとんど持っていない。
だって、すっぱいと評判のモノを食べに行こうと誘われたことも、激辛料理を食べに行こうと誘われたことも一度もなかったし、普段食べるモノは大体定番の味付けのモノばかりだったし。

そもそも、いったい味覚許容範囲はどれくらいなのだろう。なんてことを考えることさえなかった。

そう。
あの日までは。



あの日、私は晩御飯にカレーを作ることにした。

いつもと同じ手順で。いつもとは違ったルーで。

どうしてあの日に限って違う会社のカレールーを使おうと思って購入したのかは覚えていない。

しかし、ルーが変わっても私の作るカレーの手順は変わらない。いつもと同じようにカレーを作るのみだ。
そして出来上がったカレーは、毎度のことながらとても美味しそうだった。


その頃、旦那が帰ってくるのは毎日ほぼ終電だったので、いつものように私は先に一人で晩御飯を食べることにした。

いそいそと出来上がったカレーを盛り付け、お腹が空いていたのでお行儀が悪いと思いながらもテーブルに運ぶ途中、歩きながらパクリと一口。
食べた後、私はクルリと台所に向き直り、いそいそと冷蔵庫に直行する。そして冷蔵庫の中からスライスチーズを取り出し、そっとお皿のカレーの上に乗せた。

辛い。
いつもの会社のルーよりかなり辛い。
私にはこのまま食べるのは無理だ。

チーズだけでは心許なかった私は、追加で生卵もひとつ割入れた。
ここまで中和すれば大丈夫。

カレーにチーズ。カレーに生卵。安定の美味しさだったけど、やりすぎた感は否めない。我儘を言えば、もう少し辛味が欲しかっ……。とまあそれは置いといて。

私はもう辛口カレーとは呼べない辛口カレーをパクパクと一人、テレビを見ながら完食したのだった。


さてさて。これからどうしたものか。

お腹がいっぱいになった私は、自分の使った食器を洗いながらコンロに乗ったカレー入りの鍋を見つめる。

頭の中では『はこの辛さのカレー・・・を食べることができるんだろうか』なんてダジャレを考えながら。
うん。いつもながらしょうもない。
なんてことは置いといて。

旦那に辛さ耐性があるならば、この程度のカレーなら平気でパクパクと食べてくれるだろう。
でも、もし、辛いのがそこまで得意じゃなかったら?
無理。絶対に無理。

帰ってくる時間に私が起きているなら、チーズ乗せる?だの卵入れる?だのと微調整するところだけど、今日は帰ってくる前に寝落ちしてしまいそうな予感しかしない。

かといって、鍋ごと味を調整するために、鍋にチーズを辛くないくらい投入してしまうと、脂モノに弱いあのお腹が耐えられるのか少し不安だ。まだ明るい時間帯ならともかく、深夜帯に脂っこいモノはちょっと負荷が大きいかもしれない。ましてや明日も平日だ。

でももう一つの選択肢である生卵は鍋に入れると固まってしまうだろう。帰ってきてご飯を食べようと蓋を開けた瞬間、カレーの卵とじとごたいーめーん!生卵が生卵じゃなくなったら、『カレーに生卵』ですらなくなってしまっている。

むしろ、我が家の新たなメニュー『カレーの卵とじ』の爆誕?!それはそれで面白いかもしれない。

なんてことを考えていたらその時、お昼のテレビでやっていた「隠し味特集」がふと頭をよぎった。


『へえ!カレーにバナナを入れるとまろやかになるんですね』

テロップには
『隠し味!カレーにバナナは相性抜群!?(みたいな感じだったはず)』

そしてテレビ画面の中では、お姉さんが少し驚いたような表情で小皿に分けられたカレーを食べたあと、やや大げさなくらいにカレーがまろやかであることを強調していた。

これだ!これしかない!
私はもう、カレーにバナナを入れたくて、居ても立っても居られなくなってしまった。

『メモに書いて置いておく』という当たり前の選択肢すら、頭の中からすっきりと追い出されてしまっている状態の私。そんな私の目の前には、偶然にもそんなに頻繁に買うわけでもないバナナが!ある!

よし。
これだ。
これしかない。

私はおもむろにバナナの皮をむくとそのままカレー鍋に投入した。

どぼーん
どぼーん

この大きさのバナナを2本も入れれば、さすがにカレーの辛さを中和することができるだろう。
私は満足気にコンロに火をつけると、おたまでぐるぐるとかき混ぜ始めた。

すると、どうしたことだろう。
バナナは熱が加わって柔らかくなっているはずなのに、一向にその姿を崩さない。バナナの意地を見せつけるかのように、ほぼそのままの形で鍋の中を回遊しているのだ。

なんてこと。
潰したり濾したりしてから入れるべきだったか。数分前の調子に乗った自分に説教したい気分である。

しかし今日の私はバナナに負けるわけにはいかない。
私はおたまの底と鍋の横壁の間に挟み込むようにしてバナナをこれでもかと潰しはじめた。

ぐっぐっぐっ。

何度も何度も鍋の壁でバナナを潰す。手ごたえはかなりあるものの、なぜかバナナはカレーの中に溶け込んでいかない。
むしろ潰れたバナナがどんどん分裂していくので、バナナを潰すというよりはバナナの塊を増殖させている気分。

この方法ではやはり限界が……。
何とも言えない汚い感じのビジュアルになってきたカレー鍋の中身を見ながら、だんだん嫌な予感がしてきた。あのお姉さんの食べていたカレーには、こんな浮遊物など浮かんではいなかったような気もする……。

でも、ここまで来たら後には引けない。
だって、こんなに粉々になったバナナを回収するなんて不可能に近いし。だからといって、ミキサーで鍋のカレーを滑らかにしてその後ミキサーを洗う体力も、この時点から旦那用に何か晩御飯を作る体力も、どちらも私には残ってなんかないし。

となると、私が取る行動はただ一つ。

知らん顔。

これに尽きる。
早々に寝てしまおう。旦那と顔を合わせる前に。それがいい。うん。そうしよう。

そうと決まれば善は急げ!
私は超特急で寝る準備を済ませると布団を敷き、和室の電気を消して布団の中で息をひそめた。

早く寝なくては。寝ている実績を作らなくては。

しかし焦れば焦るほど眠りにつくことが難しい。

鍋の中のすごいビジュアルになってしまったカレーが頭から離れないし、味見しようとぐっつぐつに煮込まれたカレーを口にほおばった際、火傷した口の中がぴりぴりとまだ痛い。

そして火傷してしまったがゆえに、私はあのバナナ入りカレーが本当はどんな味なのかよくわかっていない。だから味もとても気になる。それに加えてだんだんと、あれを食べた後、旦那がどんな反応をするのだろうかとドキドキもしてきた。

ああ。
あああ。。

眠れない。

いや、寝よう。
全てを忘れてとっとと眠りにつくのだ。

と、気合を入れなおす。全てを忘れること以外、私に残された道は存在しないのだ。
と、私がうとうとし始めた時、なんと旦那が帰ってきた。
いつもより早い。なんてこったい。

(仕方がないので)私は布団の中から声をかけることにした。

「おかえり。今日、カレーやで」
「りょうかーい」
私の思いやカレーの中身など微塵もも知らない旦那は、軽やかな返事を残して風呂に消えて行く。さあ。賽は投げられた。なるようになれ!

しばらくして鍋の蓋が何かにぶつかる音がした。それも2回。
お風呂から上がった旦那が晩御飯を食べようとカレーの入った鍋を開け(そして閉め)たのだろう。

息をひそめて様子をうかがっていると、どうやらこちらに向かってくるようだ。ペタペタとこちらに向かってくる足音が大きくなるにつれ、私の心臓の音も負けじと大きく張り合いはじめる。どきどきどきどき。

そしてついに襖が開けられた。暗い和室にリビングの蛍光灯の光が差し込む。
眩しさに目を細めながら顔を上げると、後光のように蛍光灯の明かりを背負った旦那。そしてそれを布団にくるまりながら見上げる私。なんだか罪人になったような気分だ。

でも私は何も悪いことなどしていない(?)。ただカレーを作っただけ(?)。それだけ(?)なのだから。

そう自分に言い聞かせていると、旦那がおもむろに口を開いた。

「カレー???」
と、なぜか疑問文で。

「カレーやで???」
その通り。カレーですよ。と何食わぬ様子で返事をする私に対して、旦那はついに核心に迫った。

「なんかいっぱい浮いてるで?」

いっぱい浮いてるって。なんか汚いものでも浮かんでるみたいに。

でも、その通りっちゃあその通り。めちゃくちゃカレーになんか浮いてるの、知ってる知ってる。そんなことは百も承知。だって作ったの私だし。

かといって嫌がらせをしたわけでも、嫌な気分にさせたかったわけでもないので(やっぱり見た目がアレ過ぎたか……と思いつつも)悪びれた様子など見せず、布団からゆっくりと出ながら私は堂々とこう返した。

「カレーやで。めちゃくちゃ辛かったから、バナナ入れといたで!テレビでバナナを隠し味で入れたら、辛み無くなるって言ってたし!まあ、騙されたと思って食べてみて!」と。

「う・・・うん」

私に背中を押されながら台所へと戻った旦那は、しぶしぶとカレーを皿に盛り付けた。そしてテーブルにつくと恐る恐るスプーンを口に運び、カレーをひとくち頬張った。

「バナナ入りどう?美味しい?テレビでめちゃくちゃおすすめって言ってたけど」
向かい側に座った私は、謎の自信を身にまといながらそう聞いた。その自信は一体どこからやってきたものだったのだろう。今となっては分からない。

しかし、そんなややドヤり気味の私に向かって旦那はゆっくりと口を開いた。


「・・・騙されたわ・・・」と。

その後、そっとカレー入りのお皿をシンクに置いた旦那は、お茶碗にご飯をよそい、ふりかけをかけて食べ始めた。


さっきのドヤ顔は私個人の意見ではなく、テレビによる”ソース”がちゃんとあるんですよ!とさりげなく強調(私が悪いんじゃ無いとアピール)するために、私はふりかけご飯を食べている旦那にこう聞いてみる。

「隠し味にバナナ、あんなにテレビでオススメ!って言ってたのに。おかしいなー。いまいちやった?どんな感じやったん?」

すると旦那は心底……な感じでこう答えてくれた。

「まずはカレーの味が来て、その後バナナ。そしてその後、鼻からバナナの香りが抜けていく。カレー、バナナ!バナナ~〜っていう感じの味」


わかるようなわからないような。

とりあえず要約してみると、後味と鼻に抜ける香りがバナナ過ぎてダメってことだったんだろう。うん。でも旦那、バナナ好きなのにそこはアカンのか。ケチ。


そしてふんふんと適当に頷いている私に向かって、旦那はこう続けた。

「あとさ、隠し味って言うからには使うバナナはちょっとだけなんじゃないん?カレーに浮かんでるバナナ多すぎちゃう?どれだけ入れたん?」

その質問に対して、私はドヤ顔をほんの少しだけ顔に浮かべながらこう答えた。

「え?丸ごと2本けど?」

ほんのりドヤる私を、ほんのり残念なものを見るような目で見ながら
「それ、隠し味の量じゃない。」
と旦那は最後にこう言った。

うん。知ってる。


ような気がする。
でもめっちゃ辛かったんよ。バナナ2本必要だと思えるくらいには辛かったのよ。ほんとに。

その後、深夜のリビングで「バナナはあかん」「カレーにバナナはあかん」と言われ続けたあの日の思い出。



そしてあれから約20年ほどの年月が流れた。
にもかかわらず、未だに旦那はこう口にする。

「バナナはあかんで」
「カレーにバナナはあかんで。絶対に」

私に向かって。そして子に向かって。
何度も何度も繰り返す。

でも、今思えばたぶん、あの日カレーにバナナを入れることは既にどこかの誰かによって決められていたことなんだろう。

そうでなければ、たまたま晩御飯はカレーにしようと決めた日に、たまたまお昼のテレビで「カレーにバナナを入れると~」なんて情報を仕入れ、たまたまいつもとは違う会社のルーを使ってかなり辛いカレーを作り、たまたまその日の買い物でバナナまで購入しちゃってる。なんてミラクルなことが起こるはずがない。

そしてそれを決めた誰かさんは、この経験を通して私に何を伝えたかったんだろう。

カレーにバナナはあかん

それ以外に伝えたかったことが何かあるはず。

ていうか、あの日、絶対にテレビで「カレーにバナナ!合うんですよ!」って言ってたんだよ。絶対に。間違いなく。

だからカレーにバナナは合うはずなのよ。

なので、いつかまた、カレーにバナナを入れてみようと企んでいる私。だって旦那は本心ではリベンジバナナカレーを食べたいと思っているに違いないのだから。

そうじゃなかったら「カレーにバナナはあかん」ってこんなにしつこく言わないだろう。

「押すなよ押すなよ」は「早く押せ」っていうことだと、この世界では決められているのだから。


旦那よ。次は少量からスタートするから安心して食べるがよい!(笑)


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