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しあわせな結婚

「おめでとう!」
「うわー綺麗だね!」
「馬子にも衣裳とはこのことだな!」
「うるさいわ!でも、ありがとうね♪」
 真っ白なウエディングドレスを着た私の周りで、綺麗に着飾ったみんながお祝いの言葉を次々にかけてくれる。

 今日は私の結婚式。
 花嫁の控室に顔を見せに来てくれた友達たちは、まるで数年ぶりの同窓会のようなはしゃぎっぷりで、さっきまでガチガチに緊張していた私の気持ちをいいかんじにほぐしてくれていた。

「それにしてもハルが結婚とはねぇ」
 親友のアキが顎に手を当て、不思議そうに呟いた。

「なによ~。アキってば、ハルに先を超されて怒ってるの?」
 ケタケタと笑いながら、フユがアキの肩をバシンと叩く。

「そんなんじゃないわよ!もう。確かに、私の方が絶対にハルより先に結婚するとは思ってたけどさ」

「ほら、当たってるじゃん」
 フユはアキの顔をニヤニヤながら覗き込み、続けてこう言う。
「でもアキ、結婚早くしたからってエライもんでもないし、気にしなくていいんじゃない~?」

「そうそう。アキんところは結婚してなくても結婚してるようなもんじゃん。そう考えれば、アキのほうがハルよりも結婚早かったってことになるよ!負けてない負けてない!」
 ナツがフユの言葉に続けて援護する。

「あー、もう。別にそういうんじゃないってば!もう~」
 アキはそう言いながら、私の方にくるりと身体の向きを変えた。
「でもさ、めちゃくちゃ急じゃない?ハル、先週ご飯食べに行ったとき、彼氏いないって言ってなかった?」

「え?そうなの?」
 ナツとフユが一斉に私の方へと顔を向ける。
「あはは~。うん、まぁ、そうなんだよね~」
 私は曖昧な笑顔で皆の顔を見回した。

「てことは、出会いはMUSUBIってこと?」
「ぴんぽーん。あったりー。MUSUBIが結んでくれたご縁だよ!」
「なるほどね~。それだったら一週間も経たずに結婚でもおかしくないか」
「でしょでしょ」
 ナツもアキもフユもなるほど。という顔をしてうんうんと何度も頷いている。


 MUSUBIとは、国が推奨している結婚マッチングサービスだ。
 このサービスは国が管理している個人情報(家柄や学歴、趣味趣向)全てを用いて『結婚を希望する』男女をマッチングさせてくれる。
 
 個人の情報が全てサーバで管理されるこの時代。
 私たち自信が気付いていない特性等も全て考慮されてマッチングされるこのシステムを利用することで、自分たちで選んだ相手よりも相性がいいのは当たり前。なので、MUSUBIを使い結婚した後、離婚するカップルはほぼ0だというデータも公表されている。

 また、親世代たちの間でもMUSUBIに対する信頼は厚く、『MUSUBI婚なら顔合わせなど必要なく、当日でも婚姻届けを出してもいい』という人ばかりだともいわれている。
 例によらず、私の両親もMUSUBIで結婚すると報告したとき、喜んで祝福してくれた。ただ、私自信は式は挙げずにおこうと思っていたのだけど、結婚式はして欲しいという両親の希望で慌てて式場を探し、今日という日を迎えたのである。


「でも、何で急に結婚しようと思ったわけ?」
 ナツがそう言えば……という顔で私に問いかけると、アキが遠慮がちに口を挟む。

「もしかして……シキ?」

「え?シキ?何で?」
 フユが驚いた顔でアキの方を向く。

「シキって、何年前の話?ていうか、彼、もういなくなったんじゃないの?何で今さら?」
 ナツが私に遠慮がちに尋ねる。

 窓から差し込む太陽の明るさとは対照的に、どんよりとした空気に包まれた控室。その空気を変えようと、顔を上げ、私が口を開こうとしたその瞬間

 ”コンコン”

 控室のドアをノックする音が部屋に響き渡った。

「あ。はい」
 慌てて返事をし、ドアへと目を向けると、ゆっくりと開いたドアの向こうで軽くお辞儀をしながら式場のお姉さんがにこやかに立っていた。

「本日はほんとうにおめでとうございます。式がはじまる時間となりましたので、皆さま、会場の方へどうぞ」
 
 暗い空気は一瞬にして慌ただしい空気へと変わり、私たちはお姉さんに促されるまま、急いで会場のホールへと移動する。

「じゃぁ、花嫁!頑張って!」
「また後で!」
「先に新郎の顔拝見しとくね~」
 口々にそう言いながら部屋へと入っていく皆と別れ、私はホールの入口ドアの前で父と合流した。

 いつものだらしない格好とは違う、タキシード姿の父の姿を見ると『ああ、私、結婚するんだなぁ』と結婚が現実のものだという実感がわいてきた。

「結婚おめでとう」

 面と向かって父親からそう言われると、なんだか込み上げるモノがある。結婚式に挑む花嫁は、みんなこのむず痒いような、寂しいような、悲しいような居心地の悪い気持ちを感じるのだろうか。

「ありがとう。でも、結婚しても私はお父さんの娘だからね」

 ありきたりの言葉しか思いつかないが、私はお父さんから少し目をそらすと小さな声でそう言った。

「当たり前だろ。でも、出戻ってくるなよ!」

「これから結婚式だっていう娘になんてこと言うのよ!!!」

「ははっ。そうだな。ごめんごめん」

 2人でこうやって軽口を叩くことで『今』に意識を刻み付ける。
 結婚したからと言って、親子の関係が変わるわけでもないけれど。それでも、なんだか『過去』と『未来』の狭間にいるのだという、とらえどころのないあやふやな感覚を、身近なものにしようと無意識にしているからこんな会話になるのかもしれない。
 そんな不思議な時間の中にいた私と父の2人を、係のお姉さんの声が現実へと一気に引き戻した。

「それでは、新婦、ご入場です」


 目の前の扉がゆっくりと開く。

 父の腕を取りながら、私はゆっくりと一歩踏み出した。新郎と神父の向こう側にあるステンドグラスから刺し込む光が眩しくて、新郎の顔は影となり私からはまだ顔が見えない。

 MUSUBIで見たデータによると、身長は175㎝。体重は68キロ。性格は温厚。高学歴ではないが、そこそこの大学をでて、公務員をしているらしい。
 MUSUBIが選んだ私の結婚相手。外れることのないシステムなので、本人と顔を合わせるのは結婚式当日という人が多い。そして私も今日初めてお相手の顔を見る。果たして、見た目も私の好みなのだろうか。まぁ、顔が好みとは多少違ったとしても、離婚率がゼロに近い相性の持ち主なのだから、贅沢は言わないでおこう。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか私は新郎のすぐ傍まで来ていた。

 ここからは父の手を離し、彼の手を取り、神父様の所まで進む。右隣に立つ父の顔を仰ぎ見ると、今にも泣きそうな顔をしている。
 娘を嫁がせる父の気持ちは私にはわからないけど、嫁いでいく娘の気持ちは私の中に芽生えている。

 お父さん、いままでどうもありがとう。
 お父さんのこと、大好きだよ。

 視界を歪ませ始めた涙をお父さんには見せないように、にっこりと父に笑いかけると、私は新郎へと身体の向きを変える。

 これからよろしくお願いします。

 軽く頭を下げた後、見上げた新郎の顔を見た私は思わず息を飲んだ。


「し……シキ……?」

 私の視線の先には、満面の笑みを称えたシキが立っていた。

「これからよろしくね。ぼくの花嫁さん」


「どうしてここに……?」

 私は今目の前で起こっていることが現実だとは認めたくなくなかった。どうしてシキがここにいるのだろう?MUSUBIが選んだ私の旦那様がシキであるはずがない。

「どうしてって、キミだってわかってるだろ?MUSUBIがぼくが君の夫に一番ふさわしいって認めたからじゃないか」

 シキは私に向ってゆっくりと手を伸ばす。

「で……でも…」

 思わず後ずさる私を、怪訝そうな顔で見つめる父。その姿が視界の端に映りこんだ。しかし、今はそんなことはどうでもいい。それ以上に重要なことがあるのだから。

「キミはMUSUBIのマッチングを信じないの?全国民が信頼しているのに?ほら。ぼくが言ってたとおりだろ?キミはぼくと結婚するのが一番幸せになれるんだよ」

 逃げ出そうとする私の腕をしっかりと掴んだシキは、耳元で甘い声で囁いた。

「もう逃がさないよ。ぼくのお嫁さん」


 シキは何年も私を付け回すストーカー。逃げても逃げても追いかけてくる。結婚してしまえばさすがのシキもあきらめるかと思い、私はMUSUBIを使い結婚しようと思った。

 MUSUBIなら間違いのない結婚相手を見つけてくれると信じていたから。

 それなのにどうして……


 

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