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沖と敦と村人A

「まだ若いんだからなんだってできるって」

 僕の目の前で一生懸命アツく語っているのはあつし。いつも一生懸命体当たりで取り組んでいる敦は、僕とは違う人種だと会うたびに思い知らされる。

「でもさ、『なんでも出来る』って言ったって、敦と僕とは違うんだよ」

 そう言うと、僕はストローでグラスに入ったコーラを吸い込んだ。パチパチと口の中ではじける炭酸の刺激。僕が受け止められるのはこの程度の刺激までで、SNSでバズりまくっている敦とはもともとの『構造つくり』からして違うのだ。世の中から必要とされている人間あつしには一生この気持ちはわかることは無いだろう。

「何が違うんだよ!俺はお前の事ずっと尊敬してるんだぜ?」

「尊敬って、僕が敦よりも良かったのって小学校低学年までじゃないか。今はどう考えたって、僕が敦を尊敬する立場だろ」

「立場ってなんだよ。俺は本気でお前が凄いと思ってるんだよ。昔もそうだったけど、今でもその気持ちは変わらない」

 アツい想いをぶつけられても素直に喜べないのは、僕が僕自身から目をそらしたいと思っているからなのだろうか。何の特技も飛び抜けた才能も無い。ゲームで言えばモブみたいな僕。敦が旅に出る勇者だとすれば、僕は村の入口に立つ旅人A。卑屈な気持ちじゃなく、これは僕の本当の気持ち。それくらい僕と敦には越えられない壁が立ちはだかっているのだと、僕は敦を前にする度に打ちひしがれる。

「あ、沖!」

 僕の背後に知り合いを見つけたのか、敦は大きな声で名前を呼ぶと、ぶんぶんと手を振り回した。

「おっ、敦とイチじゃん。お前らホント仲いいよな」

 そう言いながら僕の横に座ったのは、クラスメイトの沖だった。

「沖、今日はバイト休み?」

「おう。ひっさびさのオフ。ぶらぶら買い物してきたところ」

 そう言いながら沖は手に持ったショップの袋をテーブルの上の高さまで持ち上げる。

「さすが沖って感じの休みの使い方だな」

 そう言って笑う敦に同意するように頷きながら、僕はまたストローでコーラを吸い込んだ。


 沖はバイトと称してモデルの仕事をしている。敦とはまた別の意味でSNSでもバズっている男。それにしても僕の友達はどうしてこんなに成功者が多いのだろう。

 それに比べて僕には何もない。やっぱり僕は、沖と聡のパーティーが村から旅立っていく背中を見送る、村の入口にいる村人A以外何者にもなれないのだろう。

 こんな僕だって旅に出たいと考えたことは何度もある。しかし、飛び出した後のことを考えると足がすくんで動かない。レールから外れることも出来ず、僕はただただ世間の目を気にしながら流されて行く。そんな僕は、荷馬車に乗せられて市場に売られて行くドナドナの子ウシの気持ちがよくわかる。そしてそう思ってしまうことすらもたぶん、僕がモブであることの証明なのだ。

 僕の日常と交差する彼らの日常。キラキラと輝いている彼らを見ていると、自分がどれほどみじめであるか思い知らされる。
 そして僕は、僕と一緒にいるこの時間を無駄だと気付かれてしまう前に、潔く身を引きたいとすら考えてしまう。


ーー

 あの日からしばらくして、敦が死んだ。

 これから新しい企画を立ち上げてもっともっと盛り上げるんだ!なんて言ってたはずなのに、朝、ベランダで敦はゆらゆらと揺れていたそうだ。

 

「まだ若いんだからなんだってできるって」

 前日も僕にファミレスでいつものようにアツくそう語っていた敦。あの言葉は大人が口にする「何だってできるんだから」という無責任な励ましの言葉と同じモノだったのだろうか。

 『なんだって出来る』ということは『今のお前は何も出来ていない』ということだと僕が気付いたのは小学校高学年の頃だった。モブである僕には何かを成し遂げるチカラなんて存在していない。そう受け止めた僕は世の中に既にあるモノ以外を追い求めることを止めた。

 インターネットの海を漂っている「生き辛い」という言葉の大半を吐き出したのが大人だということを僕は知っている。そして、その浮遊物は僕たちにぶつかる度に『これから大人になるにつれ、ますます生き辛い世の中になっていくのだ』と繰り返し繰り返し警告を続ける。

 そんな世の中に見切りをつけた敦は最後まで勝ち組だったのだろうか。

 僕はお通夜で敦の顔を見ながら希望がサラサラと指先からこぼれ落ちていくのを感じた。


「イチ」

 帰り道、公園のブランコをギイギイと揺らしていると沖に声をかけられた。

「ああ、沖。敦はどうして逝ってしまったのだろう」

 沖は何も言わずに隣のブランコに腰かける。

「敦はいっつも『まだ若いんだからなんだってできるって』って言ってたんだ。昨日会った時だって。それなのに、どうして急に考えを変えてしまったんだろう。僕は敦があのアツさでこの世の中を変えて行ってくれると信じていたんだ。モブの僕には成し遂げれない大きなことを」

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、僕は沖に救いを求めた。世の中にとって必要とされている特別な存在である沖ならば答えをくれるはずだ。僕はそう信じていたのに沖は僕の目をまっすぐに見てこう答えた。


「イチ。敦は勇者なんかじゃない。イチと同じなんだ。それにイチもモブなんかじゃない。敦と同じなんだよ」



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