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勝ちたかった一戦(VS マーリンズ様)

「何が『秋の我慢の三連休』だ!こっちは8ヶ月以上我慢してんだ!」

新柴又駅に降り立った侍は燃えていました。
9月に着始めた和装を脱ぎ、背番号11のユニフォームに袖を通せばいつもの新井。しかしその右手にはいつも以上に力が入ります。前回登板は2020年3月7日。先発登板は昨年8月まで遡ります。チャンスは11月上旬にもあったのに、ほとんど降ってもいないような雨によって試合は流され、鬱憤が溜まっていました。
それだけではありません。世界中が混乱を極めた今年、改めて野球ができること、人と会い、笑い合えることへの喜びに打ち震えていました。
楽観主義、自己中心、あらゆる艱難辛苦が自分を育てる糧となると信じてきた私でも、ウィルスがもたらした閉塞感、テレワークによる働きづらさ、7月に次男が産まれたことでの生活の乱れで心は崩壊、思考回路はショート寸前でした。その私を救ってくれたのは、チームメイトでした。みんなで野球をして、酒を飲む。一球一球のやりとりが、翌日の筋肉痛が、ビールの一滴がモノクロになってしまった世界に色を取り戻してくれました。

試合は追い付き追い越されの接戦で、5回表に1点を返して同点としましたが時間切れで裏は成立せず、8-9での悔しい敗戦となりました。あと一つでもミスがなければ、そんなことをつい思ってしまいますが、この結果だけが現実です。
結果を受け止め、それを明日に繋げましょう。

横浜T-BREAKERS 投手陣の調子
行けるところまで、の監督指示をいただき、新井が4回を一人で投げさせていただきました。
9失点ですが、一応自責点は1点とのことです。

久々の登板、完全に自己責任による遅刻で、キャッチボール中は制球がつかず。自覚できるほどにフォームが定まらず、また、体力も減退していました。
投げるってこういうことだった!そう思い出せたのは4回の最後の投球でした。捕手藤崎の「ここへ投げてこい!」という構えがやっと思い出させてくれました。

横浜T-BREAKERS 打線の調子
チーム全体で8安打、6四球を選び、決して調子は悪くありませんでした。

しかし、もう一点というところで経験者が打ちあぐねてしまいます。これはいつも良くやってくれているメンバーなので、合う合わないは仕方なく、誰も責められません。

下位打線、女性陣の打点や出塁など盛り上がるポイントも多く、鳥海の同点タイムリースリーベースが出た時には全員破顔。こういうシーンを増やしていきたいです。

ポイントとなったイニング
間違いなく2回裏の守備です。2点リードで迎えますがエラー、四球、連打が重なり7失点。あと1アウトが遠く「終わんねーよ!!」とマウンドで声を荒げてしまいました。これは反省です。
誰かを責めるのではなく、自分の投球でチームを活気付ける、それがエースの仕事です。


次戦に向けての意気込み
人と人との繋がりを、生きる喜びをもたらしてくれる草野球は不要不急などではなく、我慢など到底できるものではありません。自粛生活の何が辛かったのかを思うと、「自分」がいなかったことではないかと思い当たりました。父親、夫、社会人としての生活は続けているものの、「自分」の個性を失った日々、それが苦痛だったのです。

次は三連休最終日、11月23日です。
相手がなかなか見つからず、圧倒的格上の三軒茶屋ダイマース様との試合を組ませていただきました。厳しい試合にはなるでしょうが、本州より早く閉ざされた大地、北海道から内野が久々の登場となります。再び閉ざされる前にその右腕に勝利を!


2人の息子の成長を見る中で、私も連綿と続く人類の歴史の中の一欠片に過ぎないことを、頭ではなく心で理解しました。
それでも社会的役割や、職業だけで人生を楽しむことは、多くの人とっては難しいでしょう。30歳前後で結婚、出産など人生のターニングポイントを迎えるメンバーも増えていますが、そのことに気付き、チームに参加し続ければ、T-Breakersは不滅です。
私は少しでも「自分」として生きるため、和装を纏い、文章を綴り、右腕を振るのでしょう。
この燃える命の煌めきは、どんな病にも侵すことはできません。

レペゼン群馬、新井将司。世界一になる日まで走り続けます。支えてくださる皆さんに感謝。