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新井の漫画感想『日出処の天子』

同僚イチオシの漫画を借り、一気に読んだ。それがこの名作中の名作。傑作中の傑作。山岸涼子『日出処の天子』である。

1980-84年に連載されていたこの作品の名前を初めて聞いたのは高校生の頃だっただろうか。何の本だったか忘れてしまったが、「やおいの文化史」(やおいとはこれまた懐かしい響きだ)的なものを調べていた際、「やおい漫画の走り」として紹介されていた。

確かに男性同士の道ならぬ愛を描いているが、「やおい」の語源である「山なし、オチなし、意味なし」には全く当てはまらない。「壮大な山も、深淵なオチも、現代まで連綿と続く意味」も全てがある。


本作は、厩戸王子(聖徳太子)と蘇我毛人(蝦夷)(読みは「えみし」)を主人公とした、飛鳥時代が舞台の歴史漫画だ。

飛鳥時代を漫画で描くなど、それこそ『日本の歴史』のような学習漫画でしか見たことがなかった。学習漫画の中では聖徳太子という人が摂政となって、女帝・推古天皇の世で政治を司る。小野妹子を遣隋使に派遣し、冠位十二階や十七条の憲法などを作り、仏教を世に広める、と数ページで描かれる。

その一方、蘇我氏は馬子、蝦夷親子が権力を手にするが、入鹿の時代に乙巳の変で滅びる。乙巳の変で入鹿を討った中臣鎌足が藤原氏の始祖となり、以降連綿と続く藤原氏の世が始まるのだ......。と、これまた学習するだけならば数コマ~数ページの内容だ。

日本史の中でも特に序盤、古代も古代の飛鳥時代。「ちょっと日本にも政治や争いといったものが始まりそうですね」といった雰囲気であっさりと流されるこの時代。戦いも政変も文化も少なく、一つ一つのキーワードしか押さえていない人がほとんどではないか。


さあ、そんな時代を描いた『日出処の天子』は、コミックスにして全11巻、文庫で全7巻という分量だ。この作品が描くのは、飛鳥時代の、そのまた序盤、厩戸皇子(聖徳太子)が少年の頃から、摂政になるまでの約10年を描いている。

「え、たったそれだけ? まだ遣隋使の派遣もしないの?」

そう、この漫画で厩戸皇子は摂政としての辣腕は振るわない。「日出処の天子」として隋と交流することもなく、小野妹子も出てこない。

本作は、厩戸皇子がどういう人物だったのか、どこにも明かされていないその周辺を重厚に描いている。

「おいおい、そんなに古い時代の話が面白いのか? 日本史で面白いのは戦国時代、江戸時代、幕末と相場が決まっている。百歩譲って源平合戦。いつだって争いや時代の転換点が面白いのだ! 大した争いのない古代なんて論外!」そう思われるかもしれない。

しかし、飛鳥時代に争いが少ないと思っていたのは日本史の表層だけを舐めて、テストに必要な学習だけをしてきたからだと知った。この時代にも蘇我氏が権力を確固たるものにするまでや、複雑な血縁関係の中での大王(天皇)の座をめぐった争いがあり、それをこれほど分かりやすくドラマティックに描いた作品は後にも先にも『日出処の天子』以外に存在しないだろう。


また、この作品を調べながら私は一つ面白い漫画を選ぶ上での基準を見つけた。

講談社漫画賞は1960年の「講談社児童まんが賞」を前身とする歴史ある賞である。これに選ばれた作品を見てみると、抜群に面白いことがわかる。

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なんといっても第一回が『ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』『はいからさんが通る』『キャンディ・キャンディ』ときている。これだけで唸ってしまう。

他にも『AKIRA』『ちびまる子ちゃん』『カイジ』『セーラームーン』などなど、錚々たるメンツが受賞している。

近年も私が好きなところで『グラゼニ』『コウノドリ』『ブルーピリオド』等、単純な面白さに加えて、誰かのパクリなどではなく、オリジナリティがあって、後世に読み継がれるべき作品が選ばれていると思っている。

1983年にその第7回を受賞したのが『日出処の天子』である。


歴史漫画としてもハラハラした面白さがあり、BLとしても登場人物たちの葛藤がありありと伝わってくる。絵柄の古さはあるものの、一度読み始めれば気にならない。

特に後半、正気の常態で厩戸皇子と毛人が心と体を交わしたシーンなど、「芸術か!」と思わず言いたくなる描写。

何か漫画を読みたい、どうせならただ話題のものより面白いもの、名作に触れたい、そういった方にぜひ薦めたい。

レペゼン群馬、新井将司。世界一になる日まで走り続けます。支えてくださる皆さんに感謝。