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私がキャリアコンサルタントになったわけ⑦

あけましておめでとうございます。(といっても今日はすでに7日。7日に⑦とは、なんともいい感じです)

今年もよろしくお願いします
2020年はオリンピックの年。
私にとっては、末っ子長男が小学生になる年。
つまり、私のキャリアコンサルタントとしての活動を本格化させる年です。

私がキャリアコンサルタントになったわけ①はこちら
私がキャリアコンサルタントになったわけ②はこちら
私がキャリアコンサルタントになったわけ③はこちら
私がキャリアコンサルタントになったわけ④はこちら
私がキャリアコンサルタントになったわけ⑤はこちら
私がキャリアコンサルタントになったわけ⑥はこちら

「生きる」×「働く」=キャリア


「キャリアコンサルタントとして何をするのか」
頭の中にはやりたいこと、伝えたいことが山の様にあった

2019年1月からとにかく走りながら考えることにした

まずはやれることからやる

私が伝えたいこと・・・それは

「過去の経験を価値に変える。自ら今を切り拓き、未来を創造する」
その力を「キャリア力」と呼ぶことにした

私の1番の強みはこのキャリア力の高さだ

生まれてから今日まで、様々な経験をしてきた
遊びや勉強、スポーツ、社会に出るまでに経験したことも数知れず今に活きている
社会人になってからも、自衛隊での経験はメインは「艦艇装備幹部」としての仕事だったけど、その仕事も幅広かった
新規装備品の開発、実用試験、部隊運営に関係する企画調整の経験もある
時には、諸外国の技術動向の分析もしていた
自衛隊時代の経験も、全て今に活きている
そこからの仕事も本当にいろいろやった
職務経歴書的な書き方をすると、営業、事業企画、事業コンサルティング、商品企画、販売促進計画、キャリアカウンセリング、新規事業の立ち上げ、親子イベントやセミナーの企画運営、コンサートの裏方、・・・時にはセラピストもやったり、街頭で道ゆくママたちにチラシをトータルして何千枚も渡した
社会起業塾でソーシャルベンチャーのイロハを勉強したこともあるし、一新塾で政策提言や地域活動に関する勉強、フィールドワークもやった

目の前に必要と迫られることは、なんでもやってきた

常に、「結果を出すこと」にこだわった
数字を求められれば数字を。満足度を求められれば満足してもらえる様に。

常に常に、誠心誠意。真面目に。ひたむきに。

こうやって生きてきた生き方や、そこから得た経験から生まれる私の言葉に「勇気」や「勢い」、「覚悟」、「安心」を得たといってくれる人が現れ始めた

私の「生き方」と「働き方」が「キャリア」になった瞬間だ

私の言葉で語ろう。伝えよう。
それができることを始めることにした

「キャリア力」を知ってもらうための単発セミナーの開催
「キャリア力」を高めてもらうための講座
自分を知るための「キャリアコンサルティング」

「私に何ができますか?」
ではなく
「私はこれをやりたい」
が言える人を増やしたい。

そして私はキャリアコンサルタントとして何をするのか

「自分らしく生きるを支える仕事」

それができることなら、私ができること全ての力を使って、全力で支えていく

年末年始は、カウントダウンイベントのライブのコーディネーター、イベンターとして当日までの企業側とバンドの間に入り調整業務、当日はバンドメンバーが最高の仕事ができる様に、イベントが最大の盛り上がりになる様に時にはマネージャー、時には、機材設置や撤収、私ができることを全てやった

一見、キャリアコンサルタントとしての仕事には見えない。一体あなたは何者?と言われるだろう。しかし、

「人と人を、人と組織をつなぐ、そして、人も組織も最大の成果を発揮できるように伴奏する」

キャリアコンサルタントが組織の中で求められる姿は、社会の変化ともに変わってくると言われている
これからは「ハイキング型」のキャリアと呼ばれ、「人がここが自分の居場所だ」と感じ、そこで仕事をし、生きること。それをサポートするのがキャリアコンサルタントである

「組織の活性化と個人の充実」

これを最大化させる役割を担うのだ

私は2020年から、「あらゆる人が自分らしく生きるを支える仕事」をしていくことにした




防衛大学校卒、元海上自衛官。その後ベンチャー、スタートアップ経験、経営経験、NPO立ち上げ経験、現在はフリーのキャリアコンサルタントとNPO事務局長の2足の草鞋を履く異色のキャリアコンサルタントです。「生きたいように生きる」がモットー!