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Netflix「寄生獣 -ザ・グレイ-」とエスター・ビックの「第二の皮膚」とアイデンティティ

Netflix「寄生獣 -ザ・グレイ-」について書かれている、こちらのnoteを読ませていただいた。

また精神分析家エスター・ビックの、"愛着に問題を抱えた人間はバラバラな自我をまとめるための「皮膚」の形成がうまくいかず強剛な筋力や攻撃力で身を固めた「第2の皮膚」を纏う"、という概念も想起する。

https://note.com/shapemoon/n/n65afb101b7c9

とても面白かった。
エスター・ビックの名前が気になったので、ググってみた。

すなわちその皮膚とは、未だ身体から分化されているとは 言えないパーソナリティを一つに纏めるところのプリミティヴ(原初的)な‘繋げるもの binding together’ であるというのがその趣旨です。

 【早期対象関係における‘皮膚’の体験】 (1968) Ester Bick 〔原題:The Experience of the Skin in Early Object Relations〕https://www.chiz-yamagami.com/pdf/intro/esther_01.pd

確かにこの小論文の後半にこのような記述があった。

「二次的皮膚」現象とは、‘一次的皮膚の統合 first skin integration’に取って代わるものであり、 ‘筋骨たくましい殻 muscular shell’の部分的もしくは全体的タイプとして、もしくはそれに対応するところの‘言語的な筋骨のたくましさ verbal muscularity’として現れているものといえましょう。

 【早期対象関係における‘皮膚’の体験】 (1968) Ester Bick 〔原題:The Experience of the Skin in Early Object Relations〕https://www.chiz-yamagami.com/pdf/intro/esther_01.pd
こんなイメージでしょうか?

続いてググるとさらに気になる論文に出会った。

デジタル・ネイティヴ世代が文化を担う現代において、この思春期の脱皮モ デルは過去のものになりつつある。

新しい思春期モデル :精神分析(対象関係論/ポスト・クライン派)と 生物心理社会的視点から Modernized model of adolescence: from the perspective of Kleinian psychoanalytic thinking and bio-psycho-social model of the mind.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsyapp/29/0/29_8/_pdf

「私に何が起こっているの?この体は誰のもの?私は一体誰?」 こうした切迫した問いこそ思春期に至り脱皮する子どもたちの心の叫びから、

それは、「私の心は本当に生きているの?」と いう深刻なものであり、心の生命感の喪失という事態の反映のようである

新しい思春期モデル :精神分析(対象関係論/ポスト・クライン派)と 生物心理社会的視点から Modernized model of adolescence: from the perspective of Kleinian psychoanalytic thinking and bio-psycho-social model of the mind.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsyapp/29/0/29_8/_pdf

おそらく「私」という自我が肉体から離れ、デジタル空間に解き放たれたことにより、バラバラな自我をまとめるための「皮膚」の形成がうまくいっていないのだろう。

強剛な筋力や攻撃力で身を固めた「第2の皮膚」を纏う、まさにSNSに見られる現象のように思われる。

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https://note.com/arai0903/n/n2e40baf3f9e5


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