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ナンパ漫画『ピックアップ』に見るホモソーシャルの変遷

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 名作『闇金ウシジマくん』の作者である真鍋昌平氏が原作の漫画『ピックアップ』を先日読了したのでその感想を書いていきたい。

NO ナンパ NO LIFE! 
女性ファッション誌で新入社員として働く南波は女性ばかりの仕事に強烈なストレスを感じている。何故なら、彼は正真正銘の童貞だからだ。そんなパッとしない南波には憧れの先輩がいた。エース編集者としてバリバリ働いている藤原だ。憧れの先輩・藤原と仕事を共にすることをきっかけに南波は藤原が塾長を務める「魁! ナンパ塾」を知る。南波は編集者として、男として、一人前になるため入塾するのだった。


 先にはっきり言っておこう。この作品はナンパを通してホモソーシャルを描いている。

 当初は恋愛工学で有名な「僕は愛を証明しようと思う」の系譜に連なる、ナンパテクニックを紹介する作品かと考えていた。が、そこには主人公の男としての成長と男同士の絆が強く描かれていた。



ホモソーシャルって何?

 そもそもホモソーシャルとは、イヴ・セジウィック著『男同士の絆』で定義された言葉で、主として同性間の人間関係、とくに男性間の連帯と絆を指し、フェミニスト達からよく非難される概念である。

 ホモソーシャル(男性ホモソーシャル)とは、男性同士の結び付きや“男の絆”を意味する言葉です。ホモソーシャルな社会では、男性が公的な社会を担う性別だとされます。男性たちは“男の絆”で公的な社会を独占しようとします。
 そうした社会では男性同士は深く結び合っています。しかし、その関係性の中で同性愛は否定されます。恋愛は私的な領域で女性がするもの。公的な社会での男性同士の結び付きは、恋愛とは違う特別な関係性でなければいけません。その関係は「友情」であるとされ、男同士の友情こそ尊いものとされます。
 ジェンダー研究の分野ではホモソーシャルには次の二つの特徴があると指摘されています。一つは、ミソジニー(女性蔑視)。もう一つは、ホモフォビア(同性愛嫌悪)です。ホモソーシャルな社会では、女性は公的な場からはじき出され、男性は同性愛者でないことを証明しないといけません。
「ホモソーシャル」は同性間の人間関係のことをいい、本書ではとくに男性間の連帯と絆に集中し、なおかつ類似の用語「ホモセクシュアル」(同性愛)とも異なり、女性のパートナーのいる異性愛者の男性間の絆をさす。そこまでなら男性間の友情と言い換えてもいい。
しかしフェミニズム系から出発しているセジウィックの慧眼は、女性をパートナーとする男性のホモソーシャル関係が、実は男性間の絆を引き裂きかねない女性を嫌悪し排除して成立し、政治的欲望に貫かれていることを指摘する(だからこそホモソーシャル関係に男性のそれが選ばれた)。本書は男性優位体制批判の本でもある。


 ホモソーシャルの是非についてはここで議論するつもりはない(めんどくさいので)。

 が、自分なりの解釈としてはホモソーシャルとは、男が自分達を女に惑わされない「一人前の強い男」だと認め交流し友情を深めあう、そこに女が入る余地がない人間関係だと考える。

 そしてこれはナンパ師達に強く見られる風潮であり、自分はそのホモソーシャル性に強く注目して以前から彼らの界隈を観測していたのだが、本作にはその考察を裏付けるかのようにそれが強く出ていた(逆にナンパに有用なテクニックはあまり語られない)。



ナンパ塾で漢にしてやる

 主人公の南波は父親は不在がち、母親はクラスメイトからのラブレターを切り裂くほど息子を支配するといった家庭に育った。

 人間が自己肯定感を有して成長するためには健全な父性と母性による愛を受けたほうがいい。しかし彼はどちらも受けられなかったため自分に自信が持てず、また母親への恐怖から女性不信となっていた。

 そんな南波はある日仕事で大きなミスをしてしまう。

 取引先の女社長をはじめ誰もが自分を責める中、格上の男である藤原が自分をかばい土下座までしたことに、南波は心からの涙を流し、続けて南波はこれまで誰にも言えなかった悩みである、自分が童貞で女性不信であることを打ち明ける。

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そんな南波に藤原は

「魁ナンパ塾に入れ」

「童貞を捨てて漢にしてやる」

そして戸惑う南波に

「ナンパ塾は男を磨く場所だ」

という驚きの言葉を告げる。




認め合う男達

 実はナンパサークルのリーダーを務めていた藤原。

 南波はそんな藤原に導かれ、ナンパスポットである六本木のクラブへと向かう。そこにはナンパ塾の他メンバーが待っていた。

 ナンパ塾の仲間はそれぞれの得意技にちなんだ『物言い』『ちゃんこ』『猫だまし』などのナンパネームを持っている。そして一人前になったら南波にもナンパネームを授けてやると『塾長』である藤原は言う。

 これは一種のごっこ遊びであり、少年漫画における『閃光の〇〇』とか『幻惑の〇〇』のような異名の類だろう。

 今なら「○柱」だ。

 しょうもないことこの上ないが、こうして彼らは高め合う仲間としての団結を強めている。

 「男に認められること」が彼らにとっては非常に重要だ。


 クラブでは自信の無さから勇気が出せず、まったくナンパできなかった南波だが、別れ際の藤原の言葉にナンパで人生を変えることを決意する。

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 「お…男に生まれて初めて認められた

 父性が欠落した家庭で育った南波にとって、格上の男からの承認は心の奥底で強く求めていたものだ。


 しかし実はその前に藤原も南波に承認されていた。

 たまたまトイレで出会った際に、南波は藤原が自分の憧れであることを告げる。

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「あなたのようになりたい」

 同性からこう言われて悪い気になる者はそうはいない。藤原にとって南波はこのときから「可愛い後輩」になったのだろう。

 そんな自信満々なアニキである藤原も、更に格上の男である編集長からの恩を受けており、「恩返しがしたい」と言う南波に対して、そのバトンは後輩に繋ぐように促す。

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 また『恩人』である編集長からの承認には頬を紅潮させ喜びを隠しきれていなかった。

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 「士は己を知る者のために死す」という言葉がある。男子は自分の真価を認めてくれる者のためには命さえ惜しまずに尽くす、という意味だ。

 男は何より男に認められたがっている。

「漢になる」とは他の男達から認められ、自信を持つことなのだ。



恩返しという価値観

 先程も合ったが、本作には「恩返し」という言葉がよく出てくる。

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 男は恩や義理が好きだ。

 たとえ有能でなくても恩や義理に誠実な者はそれだけで評価することも多いし、上に立つものは下の者の面倒を見たがる。

 だがこれはあくまでも男同士の世界でのみ通用する価値観である。

 一方、女性は一般的に同性では貸し借りを作ろうとしない。女性同士で奢ったり奢られたりはあまりしないし、時には1円単位できっちりと割り勘するようだ。

 しかし男性には奢られたがる女性が多く、SNSの婚活界隈などを見ていると「1000円だけ払って」「ここは奢るから次は何かご馳走して」などと言われたとして憤慨する女性の姿が度々目撃されている。

 これは男性側は相手の面子を立てているつもりだと思われるが、彼女達は「自分の価値を安く見られた」として憤慨していることが多いようだ。

 男女それぞれが見ている景色は、こうも違う。

 男がホモソーシャルをなぜ必要とするのか。それは同じ価値観を共有している者だけという安心感を得られる場だからなのかもしれない。



変わりゆく『男の世界』

 さて、『魁!ナンパ塾』という言葉を聞いて、一定以上の年齢の男性なら黄金期の少年ジャンプで連載されていた人気作品『魁!男塾』を思い出すだろう。

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 男らしさを突き詰めることを目的とした学園を舞台としたこの作品では、その軍国主義的な描写や「民明書房刊」に代表されるいい加減さがギャグとしても扱われるが、基本的には強く優しくストイックであることを男の美徳とし、女性を排斥して男性のみで価値観を追求するという、まさにホモソーシャルな世界を描いたものである。

 なにしろ塾歌からして

日本男児の生き様は 色無し 恋無し 情け有り

 から始まるのだから、女を得ることに全力を尽くすナンパの世界とは正反対だ。(そしてその一方で男同士のベタベタした絆や友情や褒め合いがこれでもかというくらいある)

 そう、かつてホモソーシャルとは『硬派』と呼ばれる男たちのものであり、彼らはそのストイックさや男らしさを競い合い、互いに認めあい友情を深めていたのだ。

 たとえば初期男塾の有名な1シーン。

 主人公「剣桃太郎」は、横暴な外国人との喧嘩に勝ち、その恋人だった女子大生に乗り換え的に逆ナンされるのだが、対応がこれである。

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 これがナンパ塾生だったなら、「鴨が葱を背負って来た」とばかりにセックスまで持ち込んでいるだろう。

 しかしストイックさを求める彼らには『痩せ我慢の美学』があり、貞淑でない女からのアプローチなど屁のようなものと袖にするのがかっこよさだ。

 また、『魁!男塾』の続編である『暁!男塾』で、塾長の江田島平八が男塾卒業生に贈る言葉が印象的である。

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男なら幸せになろうなどと思うな
幸せになるのは女と子供だけでいい
男なら死ねい
毎日を死ぬ覚悟で生き、安逸に人生を消耗させるな
いかなる困難にも負けず、毎日を熱く苛烈に生きるのだ

 男性にとってなんの利益も無いような言葉であるが、その裏にあるのは
「男は強く優しくなければならない。女子供と男は違うのだ。」
という強烈な自負と美意識。

 「男であること」を誇りに思えること。それこそが男の特権であり、男としての自信の源だった時代があった。


 しかし時は過ぎ去り、ジェンダーレス思想が正しいものとされ「男らしさ」「女らしさ」を賛美することは性差別とされてしまう時代となった。

 社会進出した女は男の自己犠牲を評価せず「それは男が好かれるために勝手にやったこと」とし、男を下に見る。

 どんなに『男らしく誠実に』振る舞っても正当に評価されないのであればそれを続けるインセンティブは無くなってしまう。

 その結果、男は男らしくあることに自信が持てなくなり、女を恐れるようになってしまった。

『社会的な価値観』がある そして『男の価値』がある
昔は一致していたが その『2つ』は 現代では必ずしも一致はしてない
『男』と『社会』はかなりズレた価値観になっている………
(STEEL BALL RUN / リンゴォ・ロードアゲイン)

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 『硬派』とは、社会的な価値観と男の価値が一致していた時代の徒花である。

 社会に女の価値観が進出したことで、社会的な価値観と男の価値はズレることとなり、男が『硬派』であり続ける理由は失われた。

 『男の世界』は無価値とされたのだ。



現代の軟弱者とは

 かつてナンパとは硬派に対する『軟派』であり、「女にうつつを抜かす軟弱な男が女の尻を追いかける」ものだとされた。

 しかし『ピックアップ』の世界では、女にビビって声をかけられない男こそがダサくて弱いものの象徴として描かれる。

 クラブでのナンパの際、南波は己に言い訳ばかりして声をかけられない他の男と自分に対して「めちゃくちゃダサい」と感じる。

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 男女平等と言われる時代、自由恋愛市場においては女は護る対象ではなく、己の利得をかけて競い合う相手であり、それは狩りにも似ている。

 例えば原始の時代、狩りに行くことを恐れて言い訳ばかりしている男が周囲の男から認められることはなかっただろう。

 ナンパはもはやただの遊びではなく、男たちが女への恐れを乗り越え、獲物を狩ることで他の男からの承認や尊敬を得るための通過儀礼となっていた。

 いまや軟弱者とは、女が欲しいのにナンパもできない『自信の無い男』のことなのだ。



ナンパで手に入れたもの

 その後、ナンパ塾での活動を経て南波は成長する。

 痩せてオシャレになり、童貞を捨て、女性にも困らなくなった。ナンパで得た人間関係を使って仕事にも成功する。

 しかし何かが物足りない。ある日、彼はイケてなかった頃の自分が想いを寄せていた女性に連絡を取るが・・・


 この先は実際に読んでいただければと思いますが、ナンパを通じて女性への恐れを乗り越えた彼が本当に手に入れたもの。それは…

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 硬派は死んだ。

 ダンディズムも死んだ。

 しかしホモソーシャルはまだ生きている。

 そう、現代における最も強固なホモソーシャルは硬派ではなく『ナンパ』の中にあった!



あとがき

 本作を一読して感じたのはホモソーシャルへの強い憧憬で、読み返すと細部にも男同士の承認を示す描写が感じられたのが当記事を書こうと思ったきっかけです。

 また、本作はファッション業界という女性(と女性的な思考を持つゲイ)が非常に大きな力を持つ世界を舞台にしていますが、おそらくはこれも意図的であり、これから更に女性上位が強まると思われる社会において、男性が男同士の絆をもってサバイブする姿を描くための舞台装置なのでしょう。

 『ピックアップ』というタイトルの元となったのは英語で「ナンパする」という意味のPick Upなのでしょうが、かつて世界一のPUA(ピックアップ・アーティストの略でナンパ師のこと)と評されたニール・ストラウスの著書「THE GAME」でも多くの頁を割いて語られていたのが彼の師匠にして親友の『ミステリー』との関係や、ナンパコミュニティの盛衰であったことを踏まえると、やはりナンパ師とホモソーシャルは切っても切り離せない関係であり、旧来の硬派的な概念に替わる新たなホモソーシャルの提唱という側面が本作からは感じました。

 とはいえ、やはりかなりの部分がファンタジーだと言わざるを得なくはあります。「こんなにうまくいくか?」「そんなに良いもんか?」と読んでいて感じたのも事実です。

 現実のナンパ師は藤原ほど面倒見もよくないでしょうし、近年はモテたい男性に夢を見させて高額な情報商材を売りつける格好のターゲットになっているので、そういったナンパコミュニティの闇の部分についても触れていると尚良かったのではと思いました。

 ともあれ、当初の予想を覆す内容と面白さでした。全2巻で気楽に読めるボリュームだと思いますので、興味を持った方はぜひ読んでみてください!


 また、私がPUAと並んで現代男性のサバイバルライフとして注目している『MGTOW』の実践者である杜氏による素晴らしいレビューもありますので、こちらも是非どうぞ!


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