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思想・哲学・宗教・人物(My favorite notes)

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思想・哲学・宗教など心や意識をテーマにしたお気に入り記事をまとめています。スキさせて頂いただけでは物足りない、感銘を受けた記事、とても為になった記事、何度も読み返したいような記事…
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#読書

「私」と「あなた」の幻想 『新版 エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』

ホモ・サピエンスが誕生して30万年だか20万年が経過したらしい。6万年前まではアフリカ大陸で暮らしており、日照への対応を考えれば皮膚の色は褐色系であっただろう。6万年前あたりに何があったか知らないが、アフリカを出て世界中に拡散を開始した。緯度が変われば、日照時間と日照強度が変化し、日照が変化すれば植生が変化する。植生が変われば、そこで暮らす動物の種類も変わり、移動した先でホモ・サピエンスが手にすることができる食物もそれぞれの土地に応じたものであったはずだ。 当然、我々はそれ

勝俣鎮夫 『一揆』 岩波新書

4月、新学期、新年度。「イッキ、イッキ、イッキ、、、」というのは今はやらないらしい。強要するとハラスメントとかナントカで、マズイことになるというのだ。私は下戸だが、若い時分には決死の思いでやった。あれをやらずに済むというのはいい時代だと思う。「イッキ」というのは私にとっては物騒なものだった。ところで、一揆も物騒だ。 先日読了した笠松宏至の『徳政令』の関連で本書を手にした。「一揆」というのは反乱行為のことを指すのだと思っていたのだが、それ以前の結社を指すらしい。たしかに、自然

池谷和信 『人間にとってスイカとは何か カラハリ狩猟民と考える』 臨川書店

初めて野生のスイカというものを目にしたのは1984年3月、オーストラリアを旅行したときのことだ。アリススプリングスだったか、エアーズロックだったか、内陸の砂漠の道を歩いていて、道端にソフトボール大の縞柄スイカがなっているのを見つけた。けっこうたくさんゴロゴロしていて、ひとつ割ってみたら中は白かった。特に誰かが採取したりするようなものではなく、ただ雑草のように自生しているとどこかで聞いた。 本書で取り上げられているカラハリ狩猟民はスイカを水源として生きてきた。人間の身体の約7

分別する眼と無分別の眼を共鳴させる -中沢新一著『精神の考古学』をじっくり読む(4)

中沢新一氏の『精神の考古学』を引き続き読む。今回は、第五部「跳躍(トゥガル)」を読んでみよう。「トゥガル(跳躍)」とは、「青空と太陽を見つめる光のヨーガ」である(p.175)。 「光」を「みる」、視覚のモデルこのヨーガを修することで、あるとても不思議な「光」を「みる」ことができるようになるという。 * 通常、「見る」といえば、感覚器官である「眼」に「外界」からの「光」が「刺激」として入力され、それによって神経系に電気的化学的な変化が生じる。その変化がつまり神経系において

”心”の表層を剥がしていくと -中沢新一著『精神の考古学』をじっくり読む(2)

ひきつづき中沢新一氏の『精神の考古学』を読みつつ、ふと、松長有慶氏による『理趣経』(中公文庫)を手に取ってみる。かの理趣経、大楽金剛不空真実三摩耶経を、かの松長有慶氏が解説してくださる一冊である。 はじめの方にある松長氏の言葉が印象深い。 苦/楽 大/小 何気なく言葉を発したり思ったりする時、「その」言葉の反対、逆、その言葉”ではない”ことを、一体全体他のどの言葉に置き換えることができるのか、できてしまっているのか、やってしまっているのか、ということをいつもいつも、「頭

詩的言語/サンサーラの言葉とニルヴァーナのコトバの二辺を離れる -中沢新一著『精神の考古学』をじっくり読む

しばらく前のことである。 「人間は、死ぬと、どうなるの?」 小学三年生になった上の子が不意に問うてきた。 おお、そういうことを考える年齢になってきたのね〜。と思いつつ。 咄嗟に、すかさず、大真面目に応えてしまう。 生と死の二項対立を四句分別する。 念頭にあるのはもちろん空海の「生まれ生まれ生まれて、生のはじめに暗く 、死に死に死に死んで、死のおわりに冥し」である。 こういうのは子どもには”はやい”、という話もある。 が、はやいもおそいもない、というか、はやからずお

中沢新一氏の新著『精神の考古学』を読み始める

中沢新一氏の新著『精神の考古学』を読んでいる。 私が高専から大学に編入したばかりの頃、学部の卒研の指導教官からなにかの話のついでに中沢氏の『森のバロック』を教えていただき、それ以来中沢氏の書かれたもののファンである。また、後に大学院でお世話になった先生は中沢氏との共訳書を出版されたこともある方だったので、勝手に親近感をもっていたりする。 中沢氏の書かれるものには、いつも「ここに何かがある」と思わされてきて、特に『精霊の王』、『レンマ学』、『アースダイバー神社編』は丸暗記す

マニ教の終末論を深層意味論で読む

前回「マニ教の創世神話を深層意味論で読む」に引き続き、青木健氏の著書『マニ教』を読む。マニ教は「善悪二元論」「光と闇の二元論」として知られる、西暦3世紀の西アジアで生まれた宗教である。 前回の記事では、青木健氏の『マニ教』に描かれた、マニ教の創世神話(世界の始まり、世界の起源についての神話)にあたるものを、深層意味論の手法で読んでみた。 それに対して今回は終末論である。 要するに、この世の終わりである。 * * 一般的には、この世の始まりについて言葉で語ろうとする起

「自分らしく死ぬ」これが私にとってのウェルビーイング|いつでも死ねる勇気と覚悟

自分らしく生きることが 認められてる現代ならば… 「自分らしく死にたい」 明けまして おめでとうございます。 今年からは読書セラピストとして noteで活動していきます タルイです。 突然ですが、 あなたは死ぬ準備をされてますか? 新年いきなりに いかつい質問から スタートですが いわゆる「終活」の準備です。 私も一昨年に父を亡くし 残された母も病気がちとなり 生と死がより身近なものとして 考えるようになりました。 今日のテーマは 終活するために必要な 「死生

¥100

言葉考 『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』

本書で興味を覚えたことの中に言語と遺伝子の関係についての記述がある。 DNAの変化と言語の変化が似ているというのは以前から認識されていることで、生物学や人類学の文脈で言語が語られるのも、言語学の文脈で生物や人類が語られるのも目新しいことではない。同じ言語集団の中で婚姻が行われる傾向があるので、言語と遺伝子が関連するのは当然なのである。しかし、ここにあるように、変化の速度が全く異なるので、そう鮮やかに関連づけることができるわけでもない。やはり、どこかしかに謎は残るものだ。

篠田謙一 『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』 中公新書

映画『リトル・マーメイド』のアリエルを演じている人の肌の色が話題になっているらしい。自他の別というのは誰にとっても己の存在に関わる重大事だ。肌の色がどうこうというのは、どうでもいいことのように思う人もいるだろうし、重大事と考える人もいるのだろう。「みんな違って、みんないい」という他人事だからこそ言えるようなキレイゴトを何の躊躇いもなく声高に唱える人がいるが、そんな人の中にもアリエルの肌の色に拘りを見せる人がいるのだろうか。 イギリスで発見された最も古い人骨の一つは約一万年前

高間大介(NHK取材班) 『人間はどこから来たのか、どこへ行くのか』 角川文庫

これも職場で言葉について一席ぶつのにあれこれ下調べをする中で読んだ。本書を知ったのは山﨑努の『柔からな犀の角』(文春文庫)を読んだときに、その中で触れられていたからだ。山﨑の本を読んだのは、ほぼ日の「俳優の言葉」という不定期の連載を読んだのがきっかけだ。 本書は2008年10月から翌年10月にかけてNHKで放送された「サイエンスZERO シリーズ ヒトの謎に迫る」をもとに構成されたものだ。本書のタイトルはゴーギャンの晩年の作品に因んでいる。ちょうど2009年の夏に東京国立近

山本義隆 『原子・原子核・原子力』 岩波現代文庫

高校生の頃、駿台に通っていた。高一クラス、高二日曜テスト科、高三クラスに通った。文系なので理科の科目は受講していない。それでも山本先生の物理が人気講座であることはよく知っていた。当時の予備校の授業というのはエンターテインメントだった。それぞれの予備校に人気講師がいて、その授業には立ち見が出るほど生徒が群がった。 本書は山本先生の高校生・受験生向けの講義録という体裁になっている。本書の元になっている講義は2013年3月に駿台予備学校千葉校で行われた。字面が口語なのでソフトに響

『道の手帖 今和次郎と考現学』 河出書房新社

学生時代は経済学部で経済史のゼミにいた。経済史に興味があったわけではなく、いわゆる「楽勝」だったからだ。そのゼミでの「必読文献」のようなものがずらずらとあって、その中に今和次郎の著作もあった。その関係でドメス出版の「今和次郎集」の『民家論』と『住居論』は手元にある。確か、大学生協の書籍部に注文をして手に入れたと記憶している。さっき本棚の奥からこれら2冊を引っ張り出してみたら、箱はそれなりに時代が付いたが、中の本そのものは時が止まったかのようだった。要するに、読んだ形跡が無い。