【短編】ギャラリー
空調の音だけが響いている。
真っ白な壁に等間隔で並べられた鮮やかさ
ざっと20人くらいはいるであろうこの空間がこんなにも静かであることに居心地の悪さを覚える。
どれだけの人にこの空調の音が聞こえているんだろう
前のめりで見入っているあのおじさんも頭の中はこの後のランチのことでいっぱいなのではないか。
現に私の意識は空調のみならず、隣のおばさんの仰ぐパンフレットにまで向いていた。
この絵の前に佇んで既に2分ほど経つが彼は一向に動こうとしない。
真っ白なキャンバスに絵の具をぶちまけたような乱雑な赤、
こんなもの何を見入る必要があるのだろう、私にはさっぱりわからない
そもそも美術になんか興味はなかった
こんなところにギャラリーがあったのも知らなかったし
たとえ知っていたとしても1人じゃ絶対に来なかっただろう
だがここ最近は週に一度色んなギャラリーを回っている
もっとも目的は”絵”ではないのだが。
チラッと隣の横顔を眺める
白いシャツに真っ黒なカーディガン
もみあげに薄く白髪が混じっているがやはり年の割には端正な顔をしている
絵を見つめる顔は基本真顔なのだが
たまに眉間に皺を寄せたり、柔らかい表情になったりもする
この顔が見れるなら来る甲斐があるよね
そんなことを考えているとこちらを向いた顔と目が合う
慌てて目を逸らして目の前の”赤”を見つめ、それっぽい感想を探す
「お昼何食べようか?」
彼の発した不意打ちな言葉にふっと笑みがこぼれる
「そうだね、何がいいかな」
私の言葉に返答することもなく歩き出す彼
その背中を追いかけるように左手を取った
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