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哀しい夜は岩崎愛さんの音楽を聴く

何もないのにただひどく疲れ切ってしまう日が往々にしてある。失敗をしたわけでもなく、誰かに嫌なことをされたわけでもなく、なんなら一日笑顔で過ごしていたはずなのに、うちへ帰って昨日と同じ部屋にひとり座ると、途端にどっと押し寄せてくる、何が、といえない、何か。その正体を考えるのも億劫だからスマホを手に取って、尽きることのないコンテンツをまさぐって、ふと流れてきた子猫の戯れる動画にわけもなく涙が出そうになり、なんだどうした、と慌てる。

岩崎愛さんの音楽を知ったのはいつだったんだろう。知ったときには『東京LIFE』がいちばん新しいアルバムだったからすぐに買って、そのあとに出た『It's Me』をリアルタイムで買った記憶がある。

どの曲も本当に好きなんだけど、『It's Me』の最後に収録されている"哀しい予感"は特別に好きで、当時は申し訳ないほどそればっかりをリピートして聴いていたし、今もふとした瞬間に聴きたくなって再生するのはこの曲だ。

静かで優しいギターの音から始まる。薄明るいけれどもちろん眩しさはなくて、ああさすが夜明けなんだ、と思う。

悲しい気持ちで広がる僕の体と
この部屋はもうダメさ
笑いかた忘れたよ

こういう感じ、と思う。くっきりとした「悲しさ」みたいなものが鮮明に居るのではなくて、じわーっと滲んでしまって乾かせない、みたいな。うまく言えてないけれど。そういう感じ。振り払えない、一緒にいるしかない、そういう感じ。そして、そういう感覚を描いたあとの、このあとに続く歌詞が、私にとっての衝撃だった。

僕がいてもいなくてもいいような世界に
魅了されたんだ

僕がいてもいなくてもいいような世界。その世界に魅了されてしまったのはほかでもない自分で、本当はこの世界が愛おしくて仕方がない、そういう思いに気づかせてくれたのが、この一節だったのだ。 それまで自分の中の憂鬱や失望しか掬うことができなかったけれど、この歌詞と歌を聴いて初めて、ああ私この世界のこと好きなんだな、と思った。

喉が乾いて腹が減るだろう
少しずつ顔に皺が増えるだろう
懐かしい匂いで思い出すだろう
手と手を繋げばあたたかいだろう

生きている証が君に溢れてる
そう思えたのなら毎日のこと
愛おしくなるだろう

今こうやって書いていても、ほんとに素敵な歌詞だな、と思う。スチールパンのこぼれるような音も好き。空気がまとまってゆく感じ。

この曲を聴いては、いちばん真ん中の、「この世界が好き」という気持ちに立ち返る。どんなに不貞腐れても、純粋なところへ引き戻してくれる、軸のような音楽だ。

感情はきっと私たちの思っている以上にめんどくさくて、二十数年かそこらをなんとなしに生きてみただけでは到底手に負えない。心の内にわだかまるものをすっぱりと言葉で切り分けて、数式のように美しく、等号あるいは不等号で明快に繋げてゆけたらよいのだけれど、もちろんそんなふうにはいかない。それは当たり前のように苦しいけれど、苦しいおかげで、私たちは「表現」というものを、そこで初めて手に取るような気がする。

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