てがみ

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精神疾患を患った際のおはなしを綴りますので、覗いていただいたにもかかわらず申し訳ありませんが、苦手な方や不安感等を感じた方は途中で読むのをストップしてくださいね。

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《シンタイヒョウゲンセイショウガイ》

聞き馴染みのない言葉に戸惑うわたしに、先生は丁寧に漢字とその意味を説明する。

《身体表現性障害》

ふわふわした頭にこれは大切なことだと言い聞かせて、自分を鼓舞する。気持ちが表に出せず身体的な症状として現れてしまっている、とそんな説明を受けたと思う。

当時のわたしは、頭痛に吐き気、めまい、肩凝り、食欲不振と身体的な症状が顕著に出ており、典型的な《ソレ》だったのかもしれない。それでも、ポジティブという如何にも明るい太陽のような言葉のなかに自分のネガティブで真っ黒に澱んだ闇のような感情を隠すことで平静を保ってきた（フリをしていた）。

不平不満なんて誰にでもある。
わたしに言われている訳じゃない。
プライベートでなにかあったに違いないから仕方ない。

考え方を変えるような自己啓発本を開いても、こじ付けたように理由を並べても、心の中のどす黒い塊がどこかへ行ってくれる日は来なかった。あの言葉たちが効くのは健康的なときだけなんだ、と今のわたしなら悟ることができるけれど、あの頃のわたしはその言葉に魔法のような効力があるのではないかと信じて疑わなかった。

モヤっとした塊の原因は明白だった。悪意に満ちた言葉たちを浴びて仕事をするのが苦痛だった。発せられた空間であちこちに飛び回る言葉はわたしの耳だけでなく心にまで届き、飛沫感染のようにわたしの心を蝕んだ。

話し方とか伝え方って大切だ。自分の感情のままに言いたいことを並べて高圧的な態度で話す人にはなりたくない。自分の感情と向き合って客観視して相手のことも考えて、妬みや嫉みや悪意に満ちた冷たい言葉ではなく、喜びや優しさや幸せに満ちた温かい言葉で想いを伝えたい。

そんな信念が強くなってしまったのだろう。

突発性難聴。摂食障害。休職。お世辞にも健康とは言い難い現実が自分に降り注いだ。見ないフリも認めないフリももう出来ない。自らにかけていた大丈夫の呪文は何の意味も効力も持たなくなってしまった。

仕事を休職して悪意を耳にすることはなくなった。誤飲してしまった毒たちが身体から抜けきってくれたのだろうか。耳が聞こえるようになった。

それでも体調が優れる日は来なかった。Instagramで行きたいカフェをあんなに保存していたのにごはんが食べられず点滴で栄養を取り入れる日々。推しに会うために体重計と睨めっこした自分の重さがいくら減っていっても嬉しいという感情すら出てこない。栄養が足りずに通院するだけでバテる身体。血の巡りが悪く少しの外出で悲鳴を上げる頭の痛み。あまりにも流れの早すぎる濁流の渦に飲み込まれたようだった。

だから、思い切って仕事を辞めた。

あれから11ヶ月。体調を崩してから1年6ヶ月。体調が良くなり働くことができるようになった。転職活動は簡単ではなかった。ボロボロの心にボロボロの身体のまま自分と向き合うことは負の感情しか生み出さなかった。仕事が続かなかったらどうしようと葛藤と申し訳なさでいっぱいになる日もあった。

再就職をして気がついたら怒涛の日々を過ごしている。1年近く働くことから遠ざっていたわたしが、バテることなく働いていることに驚いている、と同時に仕事をすること自体は割と好きだったことを知る。やりたいことは山ほどある人間なので、今は自分の心に耳を傾けながらやりたいことを実現するために足慣らしをしているところだ。

精神的に滅入ってしまって良くも悪くも思うことはたくさんある。きっと気持ちが沈んでいる真っ只中に書き記せばよかったことの方が多いだろう。しかし、そのときのわたしには到底無理だった。自分の気持ちと向き合うのが大事ですよ、と幾度となく言われたけれど、溢れ出る涙も震える手もどうやって止まるのか、止めればいいのかわからなかった。当時はここまで思い至らなかったけれど、冷静に状況を把握したうえで思うことは《誰にでも向き不向きがある》ということ。例えば、話を聞いてもらってすっきりしたり楽になったりする方も多いと思う。しかし、わたしは誰かに話すときに困らせないようにという思いが勝ってしまったり、堰き止めていたはずのダムが決壊したように収拾がつかなくなってしまったりと苦痛で堪らなかった。わたしはあの仕事は得意だったけどあの環境は不得意だったんだと思う。そしてわたしの心身に良くも悪くも影響していたのは、仕事の内容や量ではなくて、仕事をする環境だった。今の環境が得意か不得意かはまだわからないけれど、少なくとも好きな曲を嫌いになりかけたり、ごはんの味がしなかったりしない。やりたいこともちゃんと思い描ける。

きっと今のわたしはあの頃より大丈夫になってしまったから、今不安で押しつぶされそうなひとや気持ちが沈んでしまっているひと、進む道に街灯が灯されていないひとの気持ちをきちんと汲んで話を聞くことが難しいかもしれない。もしかしたら、あのときわたしの心にちっとも刺さらなかった言葉や成功論、偽りや騙しを強要するような大丈夫を投げかけてしまうことがあるかもしれない。

だから、ようやくあの時間のことを記せるようになった今、まだ記憶や思いが美化されていない今、綴っておきたい。

わたしの良い経験も悪い経験もありふれて見える経験もあの子には当てはまらないかもしれないこと。あの一瞬の喜びや嬉しさはあの子にとっての悲しみや苦しみかもしれないこと。反対に永遠に思えたあの悲しみや苦しみはあの子にとっての喜びや嬉しさに繋がるかもしれないこと。

心や想いは目に見えないから形にしたり言葉にしたりしないと届かない、伝わらない。だから、せめて自分はこう思っていると伝える。それも角の取れたまあるい言葉を自分の手で捏ねたり形を整えたりしながら。ただ、気持ちの押し売りは絶対にしない。わたしは伝えるけど、わたしは知りたいけど、あなたは伝えたくないかもしれない、あなたは知りたくないかもしれない。だから、話したくなったら聞かせてほしい。わたしだって、悲しみや苦しみを自分から共有するのには抵抗がある。それでも悲しみや苦しみをあなたが共有してはんぶんこにできるのならその片方は任せてほしい、と思う。

誰かの《死にたい》の引き金を引かない人になりたい。誰かの《生きたい》のきっかけをつくったり一緒に探したりできる人になりたい。

折角あんなに苦しい思いをしたのだからこの経験は忘れないで心に留めておきたい。もし思い出して苦しくなったら心の壁から取り外せる程度で構わないから。

烏滸がましくてお節介なのは重々承知のうえで、どうか前を向ける日が、暗闇の先に小さな光が差すことを祈っています。

今、地球のどこかで悩んでいるあなたへ
また落ち込んでしまった未来のわたしへ