予言者

  エイチ氏がある日、会社から自宅へ帰っていると、目の前の道がぼうっと白く光り、中から白髪に白い髭を蓄えた仙人のような老人が現れました。エイチ氏が驚いて何者か、と尋ねると、仙人は答えました。
 「私は遠い未来からやってきた予言者である。貴君の知りたいことをなんでも教えてやろう。」
 エイチ氏の目は輝きました。何しろこのエイチ氏は、新しいものに目が無かったのです。こんなところで立ち話もなんですから、ぜひ我が家でゆっくりと話を聞かせてほしい。そうエイチ氏が頼み込むと、予言者を名乗る男は嬉しそうにうなずきました。
 エイチ氏の質問は篠突く雨のようでした。そして予言者はその豪雨をものともせず、一つ一つ確実に答えていきました。はたから見れば、小気味いいリズムで繰り出される卓球のラリーのようでした。
 やがてエイチ氏の気が済み、予言者の語ることも尽きてきたころ、予言者はもう時間だから、と言い、エイチ氏の部屋の壁の中へ消えていきました。エイチ氏は別れを非常に名残惜しく思った反面、たった今予言者から得た知識を活用し、如何に自分の人生を有利なものにするかを考え、非常に興奮していました。
 周りに話をするだけでは勿体ないし、おそらく信じてすらもらえない。占い師でも初めてみようか。しかしそれでは芽が出るまでに何年かかるか分からない。株式投資を始めてみるか、宝くじでも購入してみるか、金持ちにはなれるだろうが、しかし面白味に欠ける・・・。色々と考えた末、エス氏の頭に名案が浮かびました。
 翌朝、仮病を使って仕事を休んだエイチ氏は、パソコンのワープロソフトを開き、なにやら文章を作り始めました。同時に小説の新人賞を探し、応募できる賞の締め切りをカレンダーに書き込み、一作完成するごとに片っ端から作品を出版社に送りつけました。
 その様子を、遠い未来から見て大層喜んでいる人物がおりました。彼は地下室の壁に貼った特殊フィルムに、時間を超越する映写機からの映像を映して、エイチ氏の執筆の様子を眺めては、時々深くうなずいたりしていました。
 「そうそう、いい調子だ。お前はあと十年もすれば立派な小説家になれる。しかも日本SFの父とまで呼ばれ、たくさんの人から尊敬され、愛される。お前の作った物語はお前の死後も永遠に語り継がれ、多くの人に読まれるのだ。東京でお前の展示会も開かれるほどだ。その中には、お前は未来を見てきたのではないか、と疑問を持つ者さえ現れる。それほどお前の創作物はリアリティにあふれた、その時代にとってのフィクションとなるのだ。それもそのはず、俺がすべてをお前に教えたのだからな・・・。」
 男はそういうと、肩を落とし、大きくため息をつきました。
 「そちらの世界線の未来では、文学作品を含む表現の自由はまだ法律で守られている。そして人々も、保証された自由の上に胡坐をかくことなく、さまざまなことに配慮しながら彼らの表現活動を行っている。だから表現が規制される必要すらない素晴らしい未来が、お前を待っているんだ。それに対してこちらの世界は・・・。ついこの間も闇古本市が摘発されて、古書店員が処刑されたうえ、そこにあった本はすべて焼き払われてしまった。作家の俺も、こんな地下に身を隠さざるを得ない。さて、今度はこの世界線の若い俺に、小説家になることを諦めさせなければ・・・。」

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