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▶︎Rainy blue【#曲からチャレンジ】

あの頃は、金曜日になるのが待ち遠しかった。仕事を終え一目散に会社を出た私は、すぐに交差点近くの電話ボックスへと足を踏み入れる。何度も繰り返し押すうちに、すっかり覚えてしまった数字の羅列は、頭の中にメロディのように刻まれていった。

彼が電話に出ないときは、交差点から歩いて10分ほど先にある喫茶店で時間を潰した。仕事を終えた彼が喫茶店に現れるまで、私はただひたすらに彼だけを待ち続けた。

晴れた日には、電車で一駅のところにあるアパートまでの道のりを2人で並んで歩いた。梅雨の時期には、少し遠回りをして紫陽花の花が咲き乱れる裏通りを歩いたり、ビールの恋しくなる夏の時期には、フラッと通りの居酒屋に立ち寄ることもあった。

このままずっと、この幸せが続くのだ。そう疑わなかった私は、まだまだ子供だったのかもしれない。

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彼に会った最後の日。その日は雨が降っていた。

彼が電話に出るときは、仕事を終えた彼が先にアパートに帰っているときでもあって、迎えに来てくれた車でそのままどこかに出掛けることが多かった。その日も彼は、いつものようにビルの横に車を停めた。白のセダンに乗り込んだ瞬間、彼のものとは違う甘い香りが鼻につく。

フロントガラスに打ち付ける雨の音だけが、静かな車内に響いていた。いつからだろう。なぜ私は気付かなかったのだろう。沈黙の中で、私の心にはただ後悔だけが広がっていった。

「好きな人ができたんだ」

彼からそう告げられたとき、私は笑顔で「今までありがとう」と言葉を返した。最後にいい女を演じることが、そのときの私にできた唯一の強がりだった。

あれから一体、どれくらいの時が経ったのだろう。ただ意味もなく過ぎてゆく日々。日常に彼の影を探す毎日。私はまだ、あの雨の日から抜け出すことができないでいる。

まるで雲を掴むかのような日々を生きる私の頬には、今日もまた一筋の涙が流れていた。

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ピリカさんの新企画、曲からチャレンジに参加しました。

どの曲で物語を書こう。と、YouTubeの動画を漁っていた私。最近の楽曲は動画も既に世界観が作り込まれているものが多いので、想像以上にイメージがそちらに引っ張られてしまって意外と苦戦…!そこで今回は、私の好きな徳永英明さんの曲をチョイスさせてもらいました!

以前書かせてもらった、ピリカ文庫の作品【あじさい】でも交差点が登場しますし、雨に関する作品でもあったので、なんとなく時代の移り変わりや世界観の繋がりを感じられていいかも。ということで(完全に後付けですが。笑)!携帯電話ではなく、公衆電話とアパートの固定電話で連絡をとっている設定です。

ちなみに最初は夏祭りを描いた、back numberさんの「わたがし」で物語を書こうとしてたんですけどね…。難しかった。MVが完璧すぎます。夏になると必ず聴きたくなるこの曲は、ノルスタジーな感じが堪りません。お時間あればぜひ。おすすめです。

色んな発想力を使って物語を作ることは、やはり刺激になりますね。ピリカさん、今回も楽しい企画をありがとうございました!

皆さんからの応援は、本の購入や企画の運営に充てさせてもらっています。いつも応援ありがとうございます!オススメの1冊があれば、ぜひ教えてください。