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英雄でも豪傑でもない主人公の「下から見た合戦史」の原点/『足軽仁義』井原忠政さん インタビュー

時は戦国、所は三河。喧嘩のはずみで人を殺め、村を出奔した18歳の茂兵衛は、松平家康の家来である夏目次郎左衛門の屋敷に奉公することになる。だが、折しも一向一揆が勃発。熱心な一向宗門徒である次郎左衛門は「君臣の縁は一代限り。弥陀との縁は未来永劫」と、一揆側につくことを決意する。武士人生ののっけから、「立身出世」どころか国主に弓を引く「謀反人」になってしまった茂兵衛。波乱の世に漕ぎ出すことになった新米足軽の運命やいかに!?(Amazonより)今回は、「こんな戦国小説が読みたかった!」と話題の新シリーズ第一弾『三河雑兵心得 足軽仁義』の著者である井原忠政さんをご紹介します。

歴史小説家・鈴木輝一郎さんによる『三河雑兵心得 足軽仁義』の書評はBook Bang! にて配信中。

出世物語の原点はイギリスの冒険小説にあった!

――足軽の出世物語という本作の着想は、どんなところから生まれましたか?

井原忠政さん(以下、敬称略) 英国の小説家セシル・スコット・フォレスタの海洋冒険小説「ホーンブロワー」シリーズから着想を得ました。家柄もコネもない貧しい海軍士官候補生が艱難辛苦を乗り越え、大艦隊を指揮する提督にまで昇り詰める大河小説です。三河雑兵心得シリーズは、この作品にオマージュを捧げております。

戦国期は英雄の時代です。智謀の限りを尽くす武将や、超人的な豪傑を描いた作品は数多あれど、雑兵にフォーカスした作品は少ない。ま、凡人だとヒロイズムを感じにくいですものね。ただ、登場人物がスーパーマンでない分、丹念に人間性を描くことが求められ――「むしろ、小説らしくなるのかな?」とは考えました。

――イギリスの冒険小説からヒントを得ていらっしゃったとは驚きです。とはいえ、戦国時代を舞台にするとなると、時代考証が難しかったのではないかと思いますが、どのようなところに苦労されましたか? 

井原  もともと歴史は好きでしたが、決して詳しくはなかったのです。厳選した10冊ほどの戦国関連の書籍(下記参照)を参考に、(1)歴史の概要・流れ。(2)当時の衣食住。(3)16世紀の戦争の実相(武具・軍隊組織・戦術・戦技・戦の作法)のそれぞれについて、資料を作りました。それを片手に執筆しました。

『<絵解き>雑兵足軽たちの戦い』<絵解き>戦国武士の合戦心得』東郷隆(講談社文庫)/『戦国の軍隊』西股総生(角川ソフィア文庫)/『徳川軍団に学ぶ組織論』小和田哲男(日経ビジネス人文庫)/『桶狭間・姉川の役』陸軍参謀本部(徳間文庫)/『足軽の生活』笹間良彦(雄山閣)/『戦国の風景 暮らしと合戦』西ヶ谷恭弘(東京堂出版)/『戦国合戦詳細地図』(インフォレスト出版)/『戦国大名家臣団大全』(スタンダーズ社)/『徳川四天王と最強三河武士団』(双葉社)/『覇王の家』『新史・太閤記』司馬遼太郎(新潮文庫)他多数

――この書籍一覧は大変参考になりますね。ありがとうございます。

映像作品の設定や構造を効果的に再現する

――さて、主人公・茂兵衛を中心とする雑兵たちの人間模様が面白いです。特に茂兵衛と丑松の兄弟の絆には涙します。どのようなところに注意して描かれましたか?

井原 ラッセ・ハルストレム監督の映画「ギルバート・グレイブ」の兄弟関係から着想を得ました。知的障害者の弟をかばう内省的な兄――単純な兄弟愛に陳腐化せず「家族は頸木だね?ただ、絆も捨てがたいよね?」との人間的(スパっと割り切れない優柔不断さ)な視点が大好きでした。でも、そのまま移植すると物語の色調が暗くなるので、主人公植田茂兵衛は、ギルバート・グレイブよりは能天気で豪快で粗暴なキャラに変えております。茂兵衛を演じるならジョニー・デップではなく、ウィル・スミスなのかな? 弟も知障ではなく、「とろいお人好し」に抑制しました。ディカプリオ演じるアーニー・グレイブは、兄貴にとって完全なお荷物でしたが、植田丑松は相棒として兄を助けたりもします。総じて、人間関係を際立たせることより、口当たりのよさを選択した次第です。結果、読みやすい小説となりました

――「ギルバート・グレイプ」は私も大好きな映画ですが、まったく気づきませんでした。映像作品の設定や構造を、まったく別の作品で活かす手腕はお見事です。

井原  ギルバート・グレイブは母の死によって、植田茂兵衛は妹の恋人を殺してしまったことで、結果的に家族の頸木から解放されました。ただ、それだと僥倖に(?)救われただけになってしまう。主人公たるもの、もう少し悩み、考え、主体的に行動したいです。そこでハルストレムは優しく美しいベッキー・ルイスというメンターを登場させ、ギルバートの心に風を吹き込みました。

一方、茂兵衛は、商人にルーツを持つ足軽・辰蔵を朋輩(つれ)に得ます。辰蔵は、百姓出身の茂兵衛とは感性や思考が真逆。辰蔵という異質な相棒を持ったことで、茂兵衛の心は攪拌され「百姓だったころには考えもしなかった上昇志向や自己実現」を考えるようになっていく次第です。茂兵衛を中心に、本来は兄のお荷物であったはずのとろい弟と、口うるさい古女房のような朋輩――この若い雑兵三人組が、時に口論し、時に助け合って、武士として、人間として成長していく物語です。

 ――しぶとさ、純粋さ、賢明さ、人間臭さ……すべての登場人物には著者の性格が反映されるものといいますが、井原さんも本作の登場人物に対してそう思われますか?

井原  必ずしも井原自身の性格が反映されているわけではありません。調子のよい乙部や辰蔵は、井原が苦手とする人物です。「こうはなりたくないな」との自戒を込めて描いています。一方、マイペースで世俗への欲が薄く、趣味(彼にとっての鉄砲は道楽)に生きる大久保は、「かくありたいもの」と羨望する人物です。最後に、茂兵衛&丑松兄弟のキャラをパッチワークすると――家族思い、癇癪持ち、お人好し、皮肉屋、勇敢で臆病、責任感、KY感――良くも悪くも、井原の本質に近くなりそうです。

編集者からは「愛憎劇より、からっとした戦物語を」

 ――合戦の場面、つまりアクションシーンは描くのが難しかったのではないでしょうか? どのような工夫をされましたか?

井原  合戦シーンといっても、足軽仁義の戦場は籠城戦です。野戦ほどのスペクタクル感は不要で、濠や柵を挟んでの、ほぼ一対一での「槍の突きあい」がメインでした。ちょうど剣豪同士の剣戟(チャンバラ)を描くようなイメージで書いていたように思います。第二巻で描く姉川戦、第三巻で描く三方ヶ原戦になると、数万の武士たちが入り乱れる大合戦な分けで、チャンバラでは物足りなくなりそうです。スケール感を描き出すのに苦労するかも知れないけれど、ま、スペクタクル巨編を目指して頑張ります。

――原稿の執筆過程では、編集者からどんなアドバイスがありましたか?

井原  ドロドロした愛憎劇のような部分を描き過ぎると湿っぽくなるので、あくまでも「男性的で、からっとした戦物語」の路線を維持するようアドバイスを受けました。

――本作、タイトルもカッコいいですよね。どうやって決めましたか?

井原  「三河雑兵心得」――まず、漢字だけのタイトルにしたいと考えました。戦場が舞台の男性的な歴史小説ですから、重厚な看板が欲しかったのです。三河はそのまんま。雑兵は名著「雑兵物語」から拝借しました。心得は、「心構え」「たしなみ」の意で使っています。足軽の戦闘、衣食住につきかなり勉強したので「この小説さえ読めば、明日にでも足軽になれるよ!」的な自負を込めて名付けました。後は、幾度も口に出してみて発音しやすいことを心掛けました。

英雄でも豪傑でもない「下から見た合戦史」

――改めて、読者にはどういうところを読んでほしいですか?

井原  青春譚です。主人公植田茂兵衛の成長を感じて頂きたいです。足軽の衣食住、戦いは綿密に勉強しました。「下から見た合戦史」は新機軸だと自負しております。

――次作は4月、6月とのこと。茂兵衛がどのように出世するのか、読者は気になるところだと思います。少しだけ教えていただいてもいいでしょうか?

井原  武家奉公人の出世コースを一番下から始めると「小者」→「足軽」→「旗指足軽(フルタイムの足軽。他に鉄砲足軽・弓足軽など)」→「足軽小頭(徒士です。ここからは正規の侍)」→「騎馬武者(上級武士)」となります。今後、各巻のタイトルも『三河雑兵心得・旗指足軽仁義』(第二巻)『三河雑兵心得・足軽小頭仁義』(第三巻)と徐々に出世させていくつもりです。もし、シリーズが好評なら第三巻以降も「騎馬武者仁義」「使番仁義(家康の側に仕えます)」「足軽大将仁義(鬼平の長谷川平蔵ぐらいの身分です)」と進めて参ります。英雄でも豪傑でもなく、あまり運もよくないが、真面目で仲間思いな植田茂兵衛の誠実な人生に、お付き合い頂けると幸甚です。

(聞き手・構成/アップルシード・エージェンシー 栂井理恵

著者略歴
井原忠政(いはら・ただまさ)
神奈川県鎌倉市在住。会社勤務を経て文筆業に入る。趣味は絵画。波乱の時代や組織の倫理に翻弄されながらも、逞しく生きる人々の姿をユーモアと哀感を交えて巧みに描くのを得意とする。

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