ショートショート「札(さつ)」


ショートショート「札(さつ)」

日本の紙幣が一新された。
最新のプラスチック紙を使い、使っている色もフルカラー。
ICまで埋め込んで偽造対策もばっちり。
さらに旧札と大きく異なる事がある。
肖像画だ。
従来は日本の歴史に貢献した偉人を札に刷り込んでいたのだが、これを落札方式にしたのである。

どういう事かというと、政府は「新札の肖像画になる権利」をオークション形式で公募したのだ。
一年間だけ、その年に発行される札の肖像画になれる。
もちろん、額の高い札ほど金額は多くなっている。

これには資産家や企業が飛びついた。
主に創業者や社長、オーナーを載せるのだが、企業のイメージアップになかなかの宣伝効果があったようだ。
TVやインターネットに露出するよりもより確実に人々の印象に残る。
額の高い札だとなおさらだ。
なにしろ、札の額が高くなると肖像画の人物がより『偉く』見えるから不思議なものだ。
実際、某有名なヘアスタイルがさびしい事で知られる日本一の資産家も、天文学的な金額で一万円札の肖像を落札した。
政府の目論見は当たったといえよう。

ところが、ある高額紙幣の肖像画だった人物がサギで逮捕されて以来、その流れが変わった。
札の肖像画に載るような連中は『アコギな商売で金を稼ぐ守銭奴』みたいな印象がひろまり、ある年からもはや肖像画に応募する企業や個人はいなくなってしまったのだ。

だが、政府の方もただでは転ばなかった。
札の肖像画の印象が悪くなったのなら他の使い方をしてやれ! と、いう事で今度はなんと、指名手配の犯人の手配写真をフルカラーで載せ始めたのだ。
高額紙幣になればなるほど、大泥棒や長期の逃亡者といった大犯罪者が並ぶ。
これはかなりの効果があって、自首するものや逮捕者が続出した。

「……お会計、8千円になります」
休日、今日は俺の娘の誕生日、一家でデパートで買い物だ。
俺はポケットから一万円を出し店員に渡した。
「パパ、なんでそんな顔するの?」
「まあ、娘の誕生日くらい気持ちよくお金をはらえないの!」
俺は金を払う際、必ずひどく渋い顔をするので妻と娘は俺をケチだと思って非難する。
もちろん、実際はそんな事はない。
俺は金に困った事はないし、金払いも悪くない。
だが、だからと言ってニッコリ笑って金を支払うわけにはいかない。

……そんな事をすれば、俺の顔と札の肖像画の中で満面の笑みを浮かべている顔がソックリだとバレてしまうではないか。


(了)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?