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My Bird Peforms (短編小説)

おはよう。おかあさん。
いってきます。
駕籠の中で鳥は様々な言葉を覚える。



まるで休日の午前中のような日差しが降る平日の午前中。
家族が出掛けた後の静かになったリビングで、妻は窓際の鳥かごをテーブルへと運び、その前に腰掛ける。
かごの中の鳥は混じり気のない黒目で、こうして妻と向き合うことを鳥は楽しみにしている、と妻は思っている。

「ツカレチャッタ。ツカレチャッタ」

「ううん。今日は違うの」

足元にあるオイルヒーターのスイッチを止めると長い冬が終わる。
レースのカーテンの向こうに光溢れる新しい季節があって、その下で誰かに会いたくなるような気にさせる。

しばらく一点を見ていた鳥は頭の向きを少し斜めにするとまた鳴いた。

「オシャベリシテ。オシャベリシテ」

「ふふ、そうね」

妻は外を眩しそうにして目を細める。

「何だか今日はやる気無くなっちゃった。おせんたくとか、おそうじとか」

鳥は何度も首を傾げるような素振りをする。
妻はそれを真似て上下左右に忙しく頭を動かしている。
大きなあくびをした後、妻は鳥に話しかける。

「なまたまご」

鳥の動きが止まる。黒目が少しだけ動く。

「なまたまご」

「…ナマタマゴ」

たった二度聞いただけで言葉を捉える鳥に驚くでもなく妻は続ける。

「そうよ。もっとこう、な ま た ま ご」

「…ナマタマゴ」

「違うってば。な ま た ま ご。なとまとたとまとごの間に溜めが入るの。よく聞いて。『なンまンたンまンご』よ」

「ナマタマゴナマタマゴナマタマゴ」

鳥はかごの中に渡された止まり木の上を激しく行ったり来たりしている。

「んもう。そろそろ出かけなきゃ」

妻は着替えに席を立ち、鳥が止まり木の端に行く度にかごの金網に当たるがしゃん、がしゃんという音が誰もいないリビングに何度も響いた。



正午のドアを開いて外へ出ていく姿が、光の中へ消えていく。

「イッテラッシャイ。オフロガワキマシタ」

妻はこの暮らしに飽いている。
そのうち裏切りの言葉で鳴くかもしれない。


「My Bird Performs」 XTC

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