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Butterfly Lovers

「元気?」と連絡してきたのは三、四年くらい連絡をとっていない地元の男友達からだった。私も彼もあまり人に弱みを見せたがらない性格だということを分かっていて、だからこそ弱った時に頼れる相手だ。最後に連絡をとった時、私はその当時付き合っていた彼と揉めに揉めて別れて彼は結婚するという話をしていたのが懐かしい。そんな彼に「元気だよ。そっちはどう?」とLINEで返事をすると「元気なくてさ、弱ってる。ちょっと話せない?」ということで久しぶりに電話をして声を聞いた。その声は出だしからどこか切なく、困っているのがよく分かった。「どうしたの?」と聞くと「離婚を考えている。」と一言。なんとなくそんな気がしたとは言わずに「独身の私に相談してくるなんて相談相手間違えてない?」と返すと「はは、確かに。」と変な緊張が解けて少し笑いながらも続けて「でも、真剣に悩んでるから聞いてほしい。」と彼は誰にも言えない話を始めた。

金曜日の夜に大学時代の愛すべき友人と三人でグループ通話をした。私以外の二人は結婚している。二人と話していると結婚をしない私のことをずっと見守ってくれている。「焦って結婚したらえらい目にあうから気ぃつけや。」関西弁の忠告はいつも優しい。ガールズたちと通話する前にも大学時代にお世話になった先輩からLINEで「焦った感じの結婚はすんなよ。」と同じく釘を刺される。

結婚と離婚。
この年齢になってくると結婚をする人もいるけれどそれと同時に離婚する人も増えてくる。離婚する人の理由はそれぞれあるけれどそれを聞いている私はどちらも経験していないので偉そうなことは言えない。ただ。自分が当事者になる日もいつかはあると思う(あると信じたい。)のでその時の準備運動だと思って話を聞いている。だけど離婚した人がみんな口を揃えて言うのが「結婚より離婚する方が大変」「もう二度と離婚は経験したくない。しんどい。」ということ。愛し合った二人が別れるのはなぜなのか。それは二人だけが知っていればいい。

最近よく聞いている曲がある。たまたまインスタで見かけたWu YiLiという高齢女性(今は亡くなられている。)がピアノで弾かれていた「Butterfly Lovers」またの名を「梁山伯と祝英台」元は梁山伯と祝英台という二人のお話で中国四大民間説話の一つから出典された曲。説話のあらすじはこうだ。

昔の中国に祝英台という賢い女性がいた。彼女は勉強熱心だったがその当時「女性に学問は不要」という時代だったために性別を偽って学問を続けることを決め、杭州にある学府へ向かうことに。その途中で梁山伯という青年に出会い、二人は共に学び合い意気投合したが梁山伯は祝英台が女性であることは知らないままでいた。その後、祝英台が杭州での学びをやめてしまい故郷に帰ってしまうことに。祝英台は梁山伯と離れることをとても耐え難い気持ちで彼に好意を持っていることを気づく。梁山伯もまた祝英台がそばにいなくなってから彼女の存在の大きさに気づいた後、梁山伯が祝英台の故郷に向かい彼女に会いにいくと彼女はすでに別の人と結婚することになっていた。そこで祝英台が女性ということと自分が彼女が好きだという本当の気持ちに気づくが梁山伯は身分的にも祝英台と結婚できないことがわかり、それが辛くて病気になり亡くなる。それを知った祝英台は嫁ぐその日に花嫁の輿を必ず梁山伯の墓の前を通過することを父親に要求する。嫁入りの当日に花嫁の輿が梁山伯の墓の前にやって来ると、彼女は泣き始めた。この時、梁山伯の墓が割れて祝英台が墓の中に吸い込まれると墓はすぐにまた元のように戻った。やがてその墓から鮮やかな二匹の蝶々が墓の中から舞い上がった。


高校の時に勉強した白居易の長恨歌、比翼連理の漢詩の話に少し似ていていると思う。中国四千年と言われる歴史の中でこうした恋愛を話を見たり音楽に乗せて聞いたりすると「人を愛することとは何か」について考えたりもするけれどまだ私には答えが出ない。でも、周りから言われている通り焦らなくていいから私なりの答えがいつか出てくればいいなと思う。

最後にこれをnoteに書いていると速報が流れてきた。坂本龍一さんが亡くなられたニュースだった。衝撃的で胸がずっと、なんというかざわついているのと痛めつけられているような感覚でいる。近々、ちゃんとこの気持ちを整理させるためにもnoteを書くことをここに誓う。


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