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Prologue

 クリスマスリースが飾られた玄関に、人の気配はなかった。

リースに付けられた小さなベルは、街灯の光だけ反射させている。

そのことが、照明も点いていない玄関を余計に寂しくさせていた。


小さくため息をひとつ。

冷たいドアノブに手をかけて回すと、プラスチックのベルがコツンと鳴った。

「ただいま」

誰もいないのをわかっているのに、私は誰かに声をかけた。

空気の張り詰めた音が聴こえる。


短い廊下を歩いてリビングに行くと、手探りで電気を点ける。


パチッ。


ローテーブルに目を遣ると、アドベントカレンダーが置いてあった。

木製の小さな家のような、落ち着いた色合いのものだった。


「ああ、もうそんな季節か」


毎年の恒例。物さえ置いとけば、機嫌が良くなるとでも考えているの?


私は12月1日の窓を開く。

アルミホイルで包まれた、蜂の形をしたチョコレートだ。


ありがたみを感じることもなく、それを口に放り込むと、2日目の箱に手をかけた。

──ふわ、と潮の香りがする。

香りがついた写真のようなものが入っていた。
美しく、とても静かそうな海が映されている。

「毎日ひとつずつなんて、待ってられない」

私はアドベントカレンダーの窓を、次々に開けては中身を見た。


つばめのキーホルダー、

温かみのあるココア色のキャンドル、

ゆらゆらと揺れる起き上がりこぼしもあった。

ここまで中身がバラバラなアドベントカレンダーも珍しい。

なに? 湯呑まであるじゃない。

21日には、透き通るような雪結晶のオーナメントが入っていた。


そうして、25日の窓に手をかけるとき、私は気づいた。

窓から出てきたプレゼントは、そのどれもが手作りだったことに。

どこか不器用なところもあるけど、あたたかい。


今はいないけれど、時間を見つけては、せっせと作ってくれたのだろうか。

そんなあの人の姿を想像すると、胸のなかにあたたかいものが込み上げてくる。


25日の窓を開ける。部屋いっぱいに夏の若葉のような香りが広がった。

 

──コン、コン。


と、ドアをノックする音。


「はーい」


今、いいとこなのに。
私は廊下を小走りに、ドアを開ける。

すると、大きな、大きな指が、家の中に入ってきた。

ああ、そっか。私も、そのひとつだったんだ。


どこか遠くで鈴の音が聴こえる。

私の背中の羽根がその音に合わせて、金の粉を降らす。


私はあなたの傷だらけの指を掴むと、
そっとあなたの幸せを願った。


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 小説のようで詩のような、幸せをただ祈る文字列。
アドベントカレンダー、スタートです。



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