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つなぎ目を透明化する仕事?ー「プログラムオフィサー」の職域を拓く

地域社会を担うNPOとアートプロジェクトを展開し、無数の「アートポイント」を生み出す、東京都とアーツカウンシル東京による事業「東京アートポイント計画」。この事業を担うのは「プログラムオフィサー」と呼ばれる専門スタッフです。2009年の発足時からの芸術文化の領域での「中間支援」の取り組みは、プログラムオフィサーの職域の開拓でもありました。プログラムオフィサーとは、どんな存在で、どのような働きをしているのか? その仕事を振り返ってみたい。

* 以下、2019年に発刊した『これからの文化を「10年単位」で考えるためにー東京アートポイント計画2009-2018』からの転載です。

プログラムオフィサーとは?ーー間に立つ

「プログラムオフィサー」という職業は、米国等の助成財団のプログラム設計から運用を担う専門スタッフが起源にあり、国内の文化政策の議論では長らく「専門職」としての役割が期待されてきた。芸術文化活動に対する知見を持ち、現場の状況を理解しながら、助成プログラムなどの仕組みの設計を行う。それは行政とは「別の」組織として公的な芸術文化活動の専門機関としての役割を期待された「アーツカウンシル」と両輪をなす考えだといえよう。現在、日本各地で設立が進むアーツカウンシルのスタッフにプログラムオフィサーという肩書が付けられる所以(ゆえん)でもある。

現在、東京アートポイント計画を担当するプログラムオフィサーが所属する部署名は事業調整課だが、この名称が指し示すように、「調整」が主な業務となる。東京都という行政、共催先であるNPOや基礎自治体、大学などの間に立ち、事業を推進していくのが仕事だ。日常業務のレベルで見れば、NPOにもディレクター、事務局長、サポーター/ボランティアスタッフなど複数の役割を持った人々がおり、アーティストやデザイナー、編集者、研究者など多様な職種の人々との間に入ることもある。

これは「共催」という事業形式の影響でもあるが、一般的な助成プログラム担当者よりも、東京アートポイント計画のプログラムオフィサーは共催団体との距離が近く、日常的なコミュニケーションの量が多いことが特徴といえるだろう。これまで「伴走型」の中間支援という表現も使ってきた。

ここでの「調整」の仕事とは、必ずしも異なる主体を円滑につなぐだけではない。ときには新たな回路をつくり、状況を動かす一手を「仕掛ける」ことも必要とされる。それは東京アートポイント計画のみならずTokyo Art Research Lab(TARL)という「もうひとつの場」を使いながら、仕事を進めていることからもわかる。NPOなど個々の現場に立つ芸術文化活動の担い手の自主性や創造性を尊重し、長期的かつ専門的な視点から、仕組みや環境を整える(*アーツカウンシル東京の設立趣旨より)。個々の事業だけなく、それを取り巻く「環境」を相手取るのがプログラムオフィサーの仕事である。

プログラムオフィサーの仕事は、社会的に成果が見えにくい性質を持つ。その成果はさまざまな主体の間に立つ折衝の過程が混ざりあった結果として現れるからである。プログラムオフィサーは数々のつなぎ目に立ち、成果に至るまでの過程に伴走する。そして「良い」現場とは、それぞれのつなぎ目が見えないほどに溶け合った状態で成果が可視化されるだろう。あくまで事業の前線に立つのは共催団体となる。それゆえ、共催団体にとっての成果を高めることが、プログラムオフィサーの仕事の成果だともいえるが、効果が高まるほどに自らの仕事はどんどん透明化していく。

プログラムオフィサーの仕事を可視化するためには、どうすればよいのだろうか。どのようにふるまい、何をすべきなのか。東京アートポイント計画では、これまで試行錯誤を重ねながらプログラムオフィサーの職域を模索してきた。

▼ プログラムオフィサーの顔ぶれ(2020年度)は、こちらの記事から。

「現場の対話役」としてーー近くとも外にいる

共催団体のスタッフと、プログラムオフィサーの日常的なコミュニケーションの距離は近い。企画の構想から、当日の運営、事後の振り返り、予算の精算から複数年の事業構想まで、細々(こまごま)としたやりとりを繰り返す。対等な関係を意識しつつも、資金提供者という力関係が不可避に持つ「管理」や「干渉」との緊張関係が常につきまとう。一歩間違えば、提案は「指示」となり、注意喚起は「指導」となってしまう。関係性は近くとも、あくまでプログラムオフィサーは共催団体の組織としての意思決定の外にいる。この「近くとも外にいる」という立ち位置がプログラムオフィサーの職務の特徴であり、それゆえに存在の意義を生むともいえる。その意義を次の2つの役割から見てみたい。

ひとつは共催団体の事務局スタッフの「対話役」となることだろう。現場では目の前の業務に視点が集中してしまいがちだ。同じ現場を動かすチームメンバーも同様だろう。それゆえ、新規の取り組みや現状の打開策となる選択肢が必要な場合に、その場の思考回路から一歩引いた視点を持つプログラムオフィサーとの対話が有効に作用することがある。ひとつの現場で起こる課題に対して、プログラムオフィサーがほかの現場を参照し、課題解決の一手につながることも多々ある。

この役割は直接的な事業の担い手ではない「中間」の位置にいる利点だといえるだろう。複数の現場を参照することは、対象とする「領域」の課題が見えてくることでもある。相互に関連する課題や解決策を見出す方法として、東京アートポイント計画では、プログラムオフィサー同士の情報共有の仕組みづくりに苦心してきた。具体的には、事業設立当初より事業は2人で担当し、近年では毎週の定例会議を設定することやメーリングリスト(ML)やFacebookグループを活用した報告や情報共有を行っている。ほかにも芸術祭やアートプロジェクト、拠点などの調査出張やTARLでの議論によって獲得した知見をプログラムオフィサー内で共有することで、共催団体とのコミュニケーションに活かしている。

そうして見出した事業を横断する共通の課題のひとつが、アートプロジェクトの運営における「共通言語」の必要性だった。その課題への応答をかたちにしたのが2014年に発刊した『東京アートポイント計画が、アートプロジェクトを運営する「事務局」と話すときのことば。の本』(以下、通称『ことば本』)だ。事業開始から5年が経ち、自分たちを主語としたアニュアルレポートをつくる構想からはじまり、結果的には対話の「ツール」として27の「ことば」を収録した本書を制作した。3年後の2017年に<増補版>を制作し、55まで増えている。

それは、プログラムオフィサーのかかわり方や対話のエッセンスを「ことば」で表現し、自らの仕事を初めて可視化させるものとなった。

▼ 『ことば本』は以下のリンク先でお読みいただけます。

「価値の発見者」としてーー距離の近さが生む効果

プログラムオフィサーのもうひとつの役割は、事業価値の「発見者」となることにある。総じて、アートプロジェクトの成果は見えにくい。例えば複数年かけて事業を行うのは、最終的に大勢の人が参加できるイベントの準備のためではない。むしろ、時間の重なりとともに日常的な活動にかかわる多様な人々の関係が厚みを増すことで、いくつもの小さな活動を充実させていく状況づくりを目指す。そうしたプロセスでの些細な価値の現れこそがアートプロジェクトの成果だともいえる。だが、それを実感する場に多くの人々が立ち会うことは難しい。

事業に伴走するプログラムオフィサーは、そうした小さな成果が生まれる現場にNPOのスタッフと同時に立ち会うことも多い。会議での発言、現場の雰囲気、かかわった人の変化。そうしたものごとの機微を道しるべとして、複数年の道のりを歩んでいくことになる。これは現場との距離の近さが生む効果だろう。

プログラムオフィサーが「良い」と判断する価値は、現場の当事者が見る価値と重なる部分も多い。目的を共有し、その過程に伴走するからこそ見えてくるものだが、当事者には近すぎて捉えがたく、伝えにくい性質のものでもある。近い距離にいるからこそ見える価値を、現場とは別の方法で伝える必要があるのではないだろうか。こうして自分たちが取り組むべき領域が生まれてくることになる。

東京アートポイント計画では、2016年から「発信事業」に取り組み始めた。自分たちの存在やミッション、各共催事業の価値を独自に伝えることを目指す取り組みだ。

▼ 発信事業の「はじまり」は以下の記事にも詳しい。

例えば、「プロジェクトインタビュー」では東京アートポイント計画のディレクターと共催団体のディレクターなどが対話を行った。事業内容の紹介ではなく、目指しているものや見出した価値、これからの可能性などにふれている。月1回の「メールニュース」の配信では毎月のイベント情報の一覧、ブログやインタビュー記事へのリンク、ドキュメントの紹介、プログラムオフィサーによる短いコラム「Artpoint Letter」などを掲載している。それによって「東京アートポイント計画」という枠組みの総体として発信する意識や、配信日までにスタッフ内で情報共有する習慣ができた。

▼ 最新のプロジェクトインタビューは以下からお読みいただけます。

発信の中核となる「Artpoint Meeting」では、トピックを選定し、これまであまりかかわりがなかったゲストも登壇することで、新たな参加者と出会うことを目的とした。各事業をきっかけに東京アートポイント計画を知ってもらうのではなく、「東京アートポイント計画」を主語として「発信事業」を行うことで、共催とは別の道筋からの参加者との出会いを生み出すことを試みている。

中間支援の技術とは何か?ーー仕掛ける手段をもつ

中間支援の強みとは、「複数」の視点と向き合えることなのだろう。それは対象とする事業や主体が複数であり、その間に立つことが仕事の性質であるからだ。その複数の視点から見えてくるのは、事業の対象とする領域が抱える共通の課題や価値である。それらを掬いあげるためには、自ら何らかを「仕掛ける」手段も必要となる。そして、その手段は同時に中間支援に携わるプログラムオフィサーの職務領域の存在意義を示すことにもつながっていく。

ともすれば、各事業に溶け込み、透明化しやすい中間支援という立場だからこそ、自らの存在を可視化させ、仕掛ける技術を開発することが必要なのかもしれない。そして、それは個々の現場では解決し切れない芸術文化活動を取り巻く環境をより良いものとしていくことにつながるのだと考えている。

現在、『ことば本』は、東京アートポイント計画を説明するツールとして機能し、同時に各地の「アートプロジェクト」の運営に資するツールとして活用されている。「Artpoint Meeting」は、東京アートポイント計画の10の共催事業に続く11番目の事業に位置づけられている。どちらも、共催事業に並び立つ役割を果たしているといえよう。これらは必要に応じて拡張してきた職務領域であるが、いまや東京アートポイント計画を中間支援事業として成り立たせるために不可欠な役割を果たしている。

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(写真)「Artpoint Meeting #09 – 生きやすさの回路をひらく-」の実施風景(2020年2月9日/撮影:加藤甫)。家庭医/谷根千まちばの健康プロジェクト(まちけん)代表・孫大輔さんをゲストに招いた。Artpoint Meetingは2019年度に終了し、現在、発信事業はnoteの開設などオンラインでの活動を軸に展開している。

佐藤李青「1「プログラムオフィサー」の職域を拓く(SECTION1 中間支援の9の条件」『これからの文化を「10年単位」で語るためにー東京アートポイント計画2009-2018』(アーツカウンシル東京、2019年、14-19頁)より転載。太字と画像を追加。注釈を一部、加筆修正。

その後ーー職域の開拓は続く

東京アートポイント計画の2020年度アニュアルブック『Artpoint Reports 2020→2021』では、コロナ禍で変化する社会のなかで思考したこと、新たに開拓した実践など「少し先の未来」の視点と共に、ディレクターとプログラムオフィサーが語っています。