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塔、自由に一首評 恋が世界を変える

今回も引き続き塔4月号から気になった短歌を抜き出します。

抱き合へば風はさくらを降らすだらう春のぼくらを遠景にして 千葉優作

『あるはなく』 青磁社

前回あつかった短歌が恋人たちに大きくズームインをした作品であったのに対し、この作品はあえて少しズームアウトすることによって恋人の尊さを強調することに成功している面白い例である。

普通、何かについて歌を読みたいとき、我々はその主体を中央に持ってきがちである。肖像画の中心にはもちろん人が描かれるわけだ。だがあえて主体から離れることによって主体自体の存在感を醸し出すことができる。提出歌では「僕ら」はキッパリと「遠景」と言われている。絵で言えば桜の舞う木を中心に据え右端に小さく恋人の抱き合うシルエットが描かれているというようなかんじであろう。

しかし、この歌はその情景だけで終わらない。歌は「抱き合へば」から始まっている。つまり、桜の木やそこから舞い落ちる桜、そして舞い落とす風は全て僕らが抱き合うことの帰結として起こっている、ということを暗示しているのである。さらに言えば、風や桜は世界全体の比喩とも言えるだろう。ちっぽけな存在である僕らや僕らの愛は見えない形でこの世界を変えているのだと作中主体は感じているのである。

そんなこと起こるのだろうか?桜というチョイスがそれがどのように起こるのかを暗示している。桜は何かの始まりを暗示させる植物である。例えば一年の始まり、例えば人生の新たなステージの初めまり。そして人間にとって最も純粋なる始まりは誕生ではないだろうか。遠景のように目立たず潜む恋もいづれは新たな生命の誕生につながる。そしてその子どもたちがまた次の世界を作っていく。それは文字通りの子供でなくてもいい。人と人の深いつながりはその二人の持つ違う特性をアウフヘーベンさせて新たな存在を作り上げるのである。

僕たちは皆何かの遠景そして主役なのだ。

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