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#ネタバレ 映画「告白小説、その結末」

「告白小説、その結末」
2017年作品
作家が内面を告白する
2018/6/27 22:13 by さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。 )

タイトルがカタイし、今いちピンと来ませんでした。

だから、観ようか、どうしようかと思いましたが、「好きな劇場」でしたから行ってみたのです。

そうしたら、観て良かった。

いかにも善良そうなおばさん作家に接近する、鋭い目をした謎の女。

おばさん作家、脇が甘すぎて、絶体絶命。

それなのに、逆に騙そうとする、無謀すぎる、おばさん。

この運命は…。

★★★★

追記 ( 作家が内面を告白する ) 
2018/6/27 22:22 by さくらんぼ

「ガメラ」映画の本を書くライターさんは、ガメラにも感情移入して動かしているでしょう。つまり「ガメラ」もライターさんの分身。

ですから、映画「告白小説、その結末」において、ヒロインと心理的バトルを繰り広げる謎の女性は、実は、作家であるヒロイン自身なのだと思います。

追記Ⅱ ( 飛び出す絵本と、片足の怪我 ) 
2018/6/28 6:33 by さくらんぼ

ヒロイン・デルフィーヌが、自室で一人、飛び出す絵本を見ているシーンがありました。

でも、少しおかしいのです。彼女は何ページもめくりましたが、飛び出すものたちが、すべて少し異様。怪獣もいたような気がするし、ラストページにはガイコツも。

その時、すでに同居している謎の女・エルが、入ってきました。

気づいて、「およびじゃない!」という顔をするデルフィーヌ。

「あっ、そう!」と言って、不機嫌に出ていくエル。

あのシーンの「飛び出す絵本」とは、デルフィーヌの心の中を表していると思います。彼女は今、仕事の夢想をしているのでしょう。

でも、エルの出番ではなかったのですね。

それから、デルフィーヌは「片脚を怪我」します。エルが支えになりましたが、あのエピソードは、二人が同一人物である記号でもあると思います。

追記Ⅲ ( 登場人物が一人歩きする ) 
2018/6/28 8:25 by さくらんぼ

ライターは、よく「登場人物が一人歩きする」とか言いますね。私はライターではありませんが、映画の解釈をする時には、無意識に登場人物に一人歩き(感情移入)させていましたから、少しその感覚が分かるような気もします。

しかし、一人歩きする登場人物が、ライターのセンスとは違った行動をする場合、軌道修正のために、場合によっては、遡って状況や性格設定を直さなければいけなくなるのでは。

すると、それが全体に波及して、あちこち手を入れる必要が出てきたりする。締め切りが迫っていたらストレス倍増です。

そんな時に、(過去に受けた)講演の仕事が入っていたりすると身動きできなくなって、ストレス性の胃腸炎になったりするかも。

でも、その原因は「一人歩きする登場人物」にあると思っているわけですから、登場人物から介抱されると、よけいに苛立つわけです。

そんなエピソードも挿入されていましたね。

追記Ⅳ ( 第三者からは見えない!? ) 
2018/6/28 8:32 by さくらんぼ

謎の女・エルが、ヒロイン・デルフィーヌの想像上の存在ならば、第三者からは見えないはずです。

もう一度この映画を観る機会があれば、今度は、そこを楽しんでみたいです。

追記Ⅴ ( 白ワイン ) 
2018/6/28 8:44 by さくらんぼ

二人はなぜか白ワインを好んでいました。

私の知る限り、従来の映画に出てくるワインはほとんど赤だった記憶です。

白ワインに何か記号があるのでしょうか。

確か、ブドウから皮・種を除いて作ったものが白ワインだったはず。白ワインの色は果肉の色ですね。

つまり、白ワインは「ハーフな存在」なのかも。

ヒロイン・デルフィーヌが、片脚を怪我したのと同じ記号なのかもしれませんね。

追記Ⅵ ( ゴーストライター ) 
2018/6/28 15:39 by さくらんぼ

謎の女・エルは、自分の事を「ゴーストライター」だと言っていましたが、この言葉も、エルの正体を端的に表していたのでしょう。

役者が役に没頭して別人格になるように、ライターにも、自分が自分でなくなる瞬間が、あるのかもしれませんね。

追記Ⅶ ( 創る人、評する人 ) 
2018/6/29 15:18 by さくらんぼ

経験のない世界ですから分かりませんが…

私みたいに勝手なことを書いたレビューを読むと、監督さんたちの中には、もしかしたら、「そんならお前が作ってみろよ…」と思ったりする人も、いるのかもしれませんね。

同じように、ライターさんの、書店でのサイン会。

次から次へ、賛辞とともに本をさしだす読者たち。でも、中には苦言をくださる人や、「次回作もがんばって!」などと言う人もいるのでしょう。

そんなとき、ライターさんの中には、ひどく疲れていたりすると、「それなら、あなたが書いてみて」と、思う人もいるのかもしれませんね。

映画「告白小説、その結末」の前後には、意味深なサイン会のシーンが挿入されていますが、それには、そんな背景があるのかもしれませんね。

エルとも、そこで知り合いましたし。

追記Ⅷ ( だから、また書いてみる ) 
2018/7/1 9:54 by さくらんぼ

エルと会食するシーンがありました。テーブルには10人分ぐらいの食器が用意されていましたが、来たのはヒロイン・デルフィーヌのみ。

エルが吐露するには、自分には友人がおらず、食事に誘っても、誰も来てくれないのだとか。

たぶんこれは、デルフィーヌが母のことを書いた私小説の事なのでしょう。本はヒットしたけれど、身内のプライバシーを売ったという非難めいた声も少なくなく、デルフィーヌは憔悴していたのです。ダークサイドなエルが誕生した裏には、そんな種(トラウマ)もあったようです。

苦しんだ経験のある者にとって、それを書くことは癒しでもありますが、第三者の目から見ると不道徳な行為に見える事があるのですね。そのとき癒しは、新たなる苦しみに変わる。



( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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