パワーレスこそ思い切り引っ張れ!

 お世話になっております。アナリストの梅村です。

 本ノートの読者がどういう方々か詳しく調べたことはありませんが、少なくない方が教育に関わる(学生、教育関連職)方が多いのではないかと推測します。したがって、読者の多くはこのような言葉を耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。

「バカとブスこそ東大に行け!」

 いやバカが東大行けるわけないじゃん!って思っちゃうわけですが、この発言には理由がある、と。大変インパクトの強いセリフですよね。個人的にはそこまで好きなセリフではないのですが、インパクトは感じます。

 さて、上記の台詞と同じようなノリで私からも提言したいと思います。

「パワーレスこそ思い切り引っ張れ!」

 いやそんなわけないだろう……と。みなさんそう思われますよね。引っ張りといえばやっぱり長距離砲がやってこそじゃないかと。柳田悠岐が、大谷翔平が、岡本和真が、ジョーイ・ギャロが、ワイアット・ラングフォードが、ボビー・ウィットJr.が、マイケル・ブッシュが、タイラー・オニールが、ヨーダン・アルバレスが引っ張るからいいんじゃないかと。なんか知らん選手ばっかり出てきますね。こいつ例える気あるのか。

 冗談はさておき、日本においては「引っ張りというのは長距離砲の専売特許である」かのような雰囲気が充満しているように思います。

 さらに、今春から高校野球には低反発バットが導入されました。巷では細かい野球が必要だ、とか、守備走塁に一層力を入れなければならない、といったような発言が散見されます。バッティングであれば当ててセンター返し逆方向に上手く落とすような打撃をしたほうがいいんじゃないかとか、そういう主張もしばしば見られます。

 そしてその主張にからんで出てくるのが、「非力な公立高校だから……」「うちは強豪とちがって時間を取るのが難しいから……」「食トレやっててもなかなか体重増えなくて……」「速球とか押し負けちゃうんですよね……」そうおっしゃる先生方のお気持ちは大変よくわかります。実際そうですし。

 ただ、ただですよ。非力で時間が取れなくて体重が増えなくて速球に押し負けるから「こそ」思いっきり引っ張るべきだと、私はそう考えます。むしろ「流し打ちでレフト線へのツーベース」だの「当てて野手の間に落とす」「投手の足元を抜いてセンター返し」みたいな回りくどい高等技術こそ強豪にやらせておくべきなんですよ。

 とはいえ、こんなことを私が書いたとて、多くの方は「こいつまた数字の上っ面眺めて適当なこといいやがって」と思われるかと思います。そこで、今回はメジャーリーグのデータを元に「パワーレスこそ思い切り引っ張ったほうがよい理由」を解説させていただこうかと思います。よろしくお付き合いください。では。


対象になる読者

  • 主に中高大ぐらいの野球指導者

  • パワーレスでなかなかヒットが出ないとお悩みの打者

  • のうち、流し打ちしてもヒットにならねぇなぁと悩んでいる人


パワーレスこそ引っ張ったほうがよい理由

①基本的に引っ張ったら1番ヒットになりやすいから

 はい。これにつきます。引っ張った打球は速いんです。そして速い打球はヒットになりやすいんです。このnoteを書くうえで伝えたかった最大のメッセージはここにあります。

 以下は昨季のMLBにおける引っ張り、センター返し、逆方向それぞれの打率と長打率、wOBA、打球速度です。これを見ると、引っ張りの打撃指標が最も高いことがわかります。

データはBaseball Savantより

 ちなみにこれはMLBに限ったことではなく、NPBにおいても同様の傾向を示します(データは出せませんが)。となるとおそらくさらにレベルが下がった高校野球でもほぼ同様の傾向を示すことでしょう(そのあたりは経験的にも想像がつくことかと思います)。

 ではなぜ引っ張りが1番打率が高くなるのか?

 最大の要因は「引っ張った打球は1番打球が強くなりやすいから」です。以下は横軸に打球速度、縦軸に打率を取ったものです。打球が速くなればなるほど、打率(などという偶然要素を多く含んだ不完全な指標)が高くなることがわかります。

低打率だとたまに10割があるのはサンプルが少ないためです。
データはBaseball Savantより

 また、引っ張ることは単に打球を速くするだけではありません。引っ張ったフライは、ほかの打球に比べて遅い打球でも得点貢献(wOBA)が大きくなりやすいという分析結果もあります。

引用元:https://blogs.fangraphs.com/an-meandering-examination-of-fly-ball-pull-rate-featuring-stars-of-the-game-and-also-isaac-paredes/

 つまり、打率や長打率、引いては打撃貢献を上げるためには引っ張って強い打球を打つことが最も手っ取り早い手段なのです。


 とはいえこんなことを書いてもよくわからないかと思いますので、1つ「非力な打者こそ引っ張ったほうがいい」という実例を出そうかと思います。

 それがこちらのイサーク・パレデス(TB)という打者です。WBCメキシコ代表として出場していたのでもしかしたら覚えている人もいるかもしれませんね。

 このパレデス、身長180cm、体重102kgというどっしりした体型の三塁手で、昨季は143試合に出場しまして打率.250、31本塁打、OPS.840を記録しレイズのプレーオフ進出に貢献。……








ってちょいちょいちょーーーい!!!!!!めちゃくちゃパワーヒッターやないかいこいつーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!

 って思った方多数いらっしゃるかと思います。安心してください。まだ話は続きますから。

 実際こう書くとめちゃくちゃパワーヒッターっぽいパレデスなんですが、データを見ると(MLBレベルでは)まったくそんなことはないことがわかります。わかりやすいように2023年のパレデスと日本人選手の打球速度関連の指標を比較してみましょう。

<最高打球速度(mph)>
大谷翔平 118.6
鈴木誠也 115.0
吉田正尚 112.5
パレデス 107.7

<平均打球速度(mph)>
大谷翔平 94.4
鈴木誠也 91.4
吉田正尚 89.0
パレデス 86.9

<ハードヒット率(%)※打球速度95mph以上の割合>
大谷翔平 54.2
鈴木誠也 48.0
吉田正尚 40.6
パレデス 28.5

<本塁打数>
大谷翔平 44
パレデス 31
鈴木誠也 20
吉田正尚 15

予防線余談:「平均打球速度はカス!」というのが近年MLBアナリストの中では定説になっていますが、今回はわかりやすいかなと思って使っています。

 どうでしょう。日本人選手と比較しても断トツにパワーがないパレデスですが、本塁打だけ見ると鈴木誠也より10本以上多いし、吉田正尚の倍打っています。なぜこのような芸当ができるのか?それは以下のパレデスが放った安打の打球方向と本塁打集を見ると一目瞭然です。

https://baseballsavant.mlb.com/savant-player/isaac-paredes-670623?stats=statcast-r-hitting-mlb

 ホームランは赤、ツーベースヒットは青、シングルヒットはオレンジでプロットされています。これを見ると、パレデスの長打はレフト線ギリギリに集中していることがわかります。それを踏まえて以下の本塁打集をご覧ください。

↑パレデスの本塁打集。

 そう、パレデスは引っ張って(最も狭い)レフト線ギリギリに飛ばすことでパワー不足を補っているのです。引っ張った三塁線ギリギリの打球であれば打球が上がらなくてもツーベースになることが多いため、パワー不足でも長打を狙うためには「とにかく引っ張る」というのは1つの最適解と言えます。

※パレデスの打撃に関するMLB公式の解説動画です。英語の勉強にどうぞ

※余談:ちなみにこの戦略はパレデスが所属するレイズの本拠地トロピカーナ・フィールドのレフト線がかなり狭いという特色も効いています。事実、もしパレデスが全試合左中間に広いオリオールパーク・アット・カムデンヤーズでプレーしていたとしたらパレデスのホームランは9本になっていたと推測されるようです。

 ちなみにこの戦略を取っているのはパレデスだけではありません。レッズのTJフリードルもパレデスほどではないですが引っ張ることで長打を増やした打者です。

 フリードルの最高打球速度は107.1mphと、パレデスよりもさらに遅く、昨年MLBで250本以上打球を発生させた221人の中で13番目に遅いです。ただ、以下のようにひたすら引っ張ることで18本塁打を放っています。

左中間へのヒットは1本もないという清々しさ

※ちなみにフリードルはそのほかにもめちゃくちゃおもしろい特徴を持っています。以前(前世?)にも触れましたがまた改めて取り上げるかも

 というわけで、非力だからこそ引っ張ることでよりパワーがある打者に負けないような打撃貢献を残せる、ということがわかっていただけたかと思います。

↓パレデスを紹介した記事。


②そもそも非力な打者がうまく合わせたところでヒット性の打球にはならないから

 ただ、一方で「非力だけど低いライナーでヒットを積み重ねて成功した選手はいるじゃないか」と考える方もいることでしょう。

 日本人選手でいえば、古くはイチローでしょう。上手くコンタクトした打球で野手を嘲笑うかのように内野の間を抜けていく打球を放っていたものです。非力な打者の解決策として上手くコンタクトし、ライナー性の打球で安打を積み重ねるというのはもちろん考えられます。

 ただ、この解決策はなかなかにハードルが高い手段であるというのも事実なのです。

 具体的な話をする前に、まずはAdjusted Exit Velocity(Adjusted EV)という概念の話をしなければなりません。

 Adjusted EVとは、一言で言ってしまうと「88mph≒141.6km/hを下回る打球はすべて88mphとして計算したときの打球速度」ということになります。

 なぜこんな妙なラインで打球速度を区切るのか?と疑問を持たれる方もいることでしょう。これはMLBにおける野球データの大家であるところのTom Tango氏が提案した概念です。大変簡単にまとめると、「打球速度88mph以下の打球は基本的にほとんど価値が変わらないので、すべて88mphとして計算しよう」というものです。元々Escape Valocityという名前で紹介されていたのですが、略称がExit Velocityと被るのが問題だったのかそれとも物理の脱出速度の英訳と被るのが問題だったのか、とにかく現在ではAdjusted EVとして紹介されています。

 この概念に関する詳しい解説については以下のnoteが大変わかりやすいです。

 ただ、今回の記事において「88mph」という数字は重要ではありません。重要なのは「ある一定以上の打球速度でなければ得点につながりやすい価値の高い打球にはなりにくい」ということです。

 よりくだけた言い方をすれば、

「そこそこのいい当たりを打たなければカス当たりと同じ」

ということになるでしょうか。この点は、レベルが大きく違うとはいえ同じルール下で行われる高校野球でも適応されるはずです。

 そして、この「そこそこいい当たり」をコンスタントに放つということはかなり難しいのではないかということもなんとなく想像がつきます。

 少なくとも、学生野球レベルにおいてそれだけのバットコントロールがある打者であれば打撃面で苦労することはないでしょう。

 また、そもそも学生野球レベルで非力に悩む打者が、どれだけ上手くコンタクトしたところで(そのレベルにおける)Adjusted EVを越えられるか?というと難しいように思います。

 というか、もしそれができるだけのパワーがあるのであれば非力に悩んではいないでしょう。

 というわけで卓越したバットコントロールがある選手であれば別に引っ張りにこだわることはないのですが、それなりにハードルは高そうです。

 ちなみにこの議論に関するMLBレベルの動向についてはこちらのnoteがよくまとまっていますので併せて参考にしていただければと思います。


まとめ:「上手い」ヒットを打ちたいならパワーをつけてからにしろ


というわけで、ここまでの内容をまとめると、

  • コンスタントにそこそこいい当たりのヒットを打ち続けられるなら全方向に打ち分ける

  • できないならまずは思い切り引っ張れ

  • できたら思い切り引っ張ったフライを打て

ということになります。

 非力だからこそ上手く当ててヒットを打たないと、非力だからこそバットコントロールを磨いて逆方向やセンター返しでヒットを打たないと、と考える学生野球選手は多くいることと思います。

 ただ、そのままではいつまで経っても「惜しい当たりだったね」「上手く打ったけどパワーが足りなかったね」「もう少しパワーがつけばなぁ」と言われて結局ヒットにつながらないままになってしまうでしょう。

 それを打破するために筋トレをしてパワーをつけるというのはもちろん長期的には重要です。ただ、それでパワーがつくまでの間はずっと「惜しい当たりだったね」と言われ続けるのも悔しいところ。

 だからこそ、考え方を変えましょう。

 今こそ、フルスイングで思い切り引っ張ってフライを打ってみませんか?

 少なくとも、逆方向やセンター返しをして「上手く打ったけどパワーが足りなかったね」ぐらいのパワーがあるあなたが思い切り引っ張れば、外野の頭を越えるぐらいの打球は打てるはず。ダメでも強い当たりで野手の間を抜くことぐらいはできるでしょう。

 ひたすら引っ張って強い打球を打つだけのバッティングはあまり「上手い」バッティングではないかもしれません。ただ、少なくとも今までよりも長打を打ちやすくなるはずですし、あなたの評価もよくなる……かもしれません。

 それでももしどうしても「逆方向」や「センター返し」の上手いバッティングをしたいのなら、ある程度パワーや技術をつけてからにすることをおすすめします。


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