見出し画像

驚きと失意と憤り

クラウディアの出勤時間は朝9時半。それまでも多少の遅刻はあったけれど、メキシコという国において「遅刻」はある程度の許容をしなければやっていけない。それはメキシコで仕事する上で一番最初にぶつかる壁かもしれないけれど、僕は自分も怠け者の性格なのか30分程度の遅刻は許容範囲だった。

その日、10時になっても出勤しないクラウディアに僕は電話をかけた。
いつもなら

「今向かってる!バスが渋滞にはまってて〜」

と他愛もない言い訳を交えてすぐに応えるのだが、この日ばかりは電話に出ない。

10時半、出勤時間から1時間経った頃、もう一度電話をかける。

今度も出ない。お店を持ち、従業員を雇用したことのある人ならわかると思う嫌な胸騒ぎ。そんな胸騒ぎが沸々と湧いてきた。

「だけど、昨日も”また明日ね〜”とご機嫌に帰っていったし、そもそも本当に楽しそうに仕事していたから辞めるって有り得ない」

と今度は「もしかしたら急な病に倒れて病院に行ってるのかも?」と心配するようになっていた。

それくらい、クラウディアには辞めるという気配もなかったし、今まで幾度か”いきなり仕事に来なくなる”スタッフと仕事をしていたこともあったけれど、彼女はそんなタイプではなかった。

結局、その日は営業時間終了になっても彼女は姿を現さなかった。

「まあ、明日になったら何事も無かったことのように来るだろう」

僕は期待を込めてそう思うようにしていた。

翌朝になっても、その日の夕方になっても彼女は来なかった。

電話も何度もかけても出ない。彼女は既にお店全般の仕事をこなしていたので、彼女が来ないと僕一人ではとてもじゃないけれど営業がままならなかった。僕は急遽、大学生達と日本人留学生にお願いして営業を夜まで続けた。

”去るものは追わず”

僕はメキシコで開業する前、カリブ海に浮かぶ島のホテルで働いていた。そのホテルでもしょっちゅう人の入れ替わりが激しかった。それはラテン特有の文化なのかもしれないが、日本の飲食店の”情”の中で育った僕にはどうしても受け入れるのが難しく悩んでいた時に上司が言った言葉だ。

何度もこの言葉の通り、誰かが辞めてしまったポストの後にはすぐに他の誰かが入る。入れ替わりの激しいポジションとずっと同じ人が続けるポジションと様々ではあったけれど、辞めてしまう人を追うことも、辞めたいという人を居酒屋に誘って夜中まで話くということに慣れていた僕にはなかなか受け入れることが出来ずにいた。

そんな僕はクラウディアに何度も電話かけ、来なくなった理由を聞きたかったし、出来るなら戻ってきて欲しかった。

だけど、電話にも出ないし、連絡も一切ないままだった。

「もしかして病気になったんじゃ?」と心配していた僕も段々と苛立ち
「あんなに色々教えたり、給与も上げて良くしてやったのに。。」という今では恥ずかしいがそんな感情も抱き始め、「腹が立つ。。」と段々憤っていた。

突然来なくなって3日目、クラウディアが店に電話をかけてきた。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?