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狼の産見舞い

ここ10年ほど、犬像の旅や狼像の旅の中で、犬や狼が子安信仰と結びついているということを知りました。

具体的には、『犬像をたずね歩く』(2018年・青弓社)で、「第25話:子安信仰の犬」として、日本全国の子安犬、撫で犬、守護犬、叶い戌、安産犬、母犬像など、子安信仰の犬像を16体ほど紹介しています。

子安信仰には、犬が登場するのですが、どうして犬なのか?というところは今一わかりません。

俗に犬は、安産・多産であること、また、生命力にあやかろうとして信仰の対象になり、戌の日に安産のお参りをするとか、妊娠五か月の戌の日に妊婦が岩田帯(腹帯)をつける信仰になったといわれています。犬張り子、犬の子などのお守りもあります。

子安信仰と犬には親和性があるのは確かですが、それじゃぁどうして他の動物ではなかったのか、という疑問が残ります。

犬像を探していたら、中には、犬と狼の区別がつかないものも出て来て、それから狼像や狼信仰に興味を持っていったわけですが、狼信仰を知るにつけ、子安信仰の犬は、もしかしたら、もともとは狼ではなかったのか、というふうにも思えるようになりました。

とくに、「狼の産見舞い」という祭りを見てからですね。狼が子供を産んだら、小豆飯などのお供えをするというものです。この話は、6月出版の『オオカミは大神 (弐)』にも書いています。

2年前、群馬県中之条町引沼集落の狼の産見舞い「おぼやしねぇ」という祭りに参加しました。もともとは狼祭だったのですが、狼は絶滅し、最近では、狼の影はまったくなく、子どもの健やかな成長を祈る祭りに変わっています。

西村敏也著『武州三峰山の歴史民俗学的研究』には狼の産見舞いについて、

「柳田國男氏は、山の神が山の中で子を産むという俗信が神としての存在である狼と結びついた儀礼、松山義雄氏は狼害の緩和策としての儀礼と位置づけている。朝日稔氏は、犬の安産の知識が狼と習合したという可能性を示唆している」

とあります。朝日稔氏の説によれば、犬の子安信仰が先にあったようですが。

また狼にお供えするもので大切なものは「小豆飯」です。小豆が山の神への供え物の特徴であること、そして小豆は産むことの呪力と結びつくという。

地元の人たちの話からも、引沼集落の「おぼやしねぇ」は、狼・山の神・産神の3つが合わさったような意味に捉えられていることがわかりました。

山の神が根源にあって、山の神の眷属である狼、そして狼と区別が付きにくかった犬へ、という、より身近なものへの流れがありそうです。

犬と狼、どっちが先かはまだわかりませんが、少なくとも、子安信仰の「犬」に、「狼」が関係しているのではないか、もし、そうなら、子安信仰として、「猫」でもなく、「狐」でもなく、「鼠」でもなく、「犬」であることの意味がなんとなくストーンと腑に落ちる感じがするのです。


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