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正しい水の使い方

『正欲』(2023年製作/134分/G/日本)監督:岸 善幸 出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗

第34回柴田錬三郎賞を受賞した朝井リョウの同名ベストセラー小説を、稲垣吾郎と新垣結衣の共演で映画化。「あゝ、荒野」の監督・岸善幸と脚本家・港岳彦が再タッグを組み、家庭環境、性的指向、容姿などさまざまな“選べない”背景を持つ人々の人生が、ある事件をきっかけに交差する姿を描く。

横浜に暮らす検事の寺井啓喜は、不登校になった息子の教育方針をめぐり妻と衝突を繰り返している。広島のショッピングモールで契約社員として働きながら実家で代わり映えのない日々を過ごす桐生夏月は、中学の時に転校していった佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知る。大学のダンスサークルに所属する諸橋大也は準ミスターに選ばれるほどの容姿だが、心を誰にも開かずにいる。学園祭実行委員としてダイバーシティフェスを企画した神戸八重子は、大也のダンスサークルに出演を依頼する。

啓喜を稲垣、夏月を新垣が演じ、佳道役で磯村勇斗、大也役で佐藤寛太、八重子役で東野絢香が共演。第36回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品され、最優秀監督賞および観客賞を受賞した。

「性欲」を「正欲」と掛けて、人間の欲望には正しい欲望とかあるのか?というテーマかと思う。ただ他者を傷つける欲望は論外なので、小児愛は割愛する。

フェティシズムで「水に対する欲望」ということなのだが、文学の世界ではおなじみである。まずオフェリアの水死体。入水は文学でも扱わられるテーマだった。この映画を観て新垣結衣がベッドでする自慰シーンは、『めぐりあう時間たち』を連想させた。ヴァージニア・ウルフの小説を翻案した映画でありウルフが入水している。

日本では溝口健二監督『山椒大夫』の香川京子の入水シーン。あるいは太宰治の心中でもいいが、水死というモチーフは文学的にはあるのだと思う。

ただ磯村勇斗が求めるのは水の生命力というよなものなのだろう。噴水という人工的な水の戯れに夏になると子どもたちが戯れるのは都会ではよく見る光景である。

映画の中でも町田公園の噴水場が出てきて、夏はけっこう眺めていたので、ヤバい人の予備軍になっているかもと思ってしまった。「水フェチ」とここで呼ばれているものは、水と戯れるのは少年期の憧れみたいなものだと思った。自分もそうなのだが、子供は噴水が好きではしゃぐことが出来る。それを見ていて自分ははしゃげないとどこかブレーキを掛けてしまうのだった。

そうした水の管理社会への疑問として、これも磯村勇斗が出ていた映画で(磯村勇斗は今年一番の問題作『月』にもでていいたし、私は今年一番の男優演技賞は彼だと思う)、『渇水』があり本来自然の恵みであった水が管理されそれが生存権に絡んでくる。

そして規制する側の検察官としての稲垣吾郎がそれまでの役とは違って保守的な役柄だったのでこれもなかなか良かった。新垣結衣も上手いと思うがこのぐらいの役者はごろごろいるんでそれほどでもないかな。東野絢香のこじらせ女子はけっこうリアリティがあったかもしれない。役者的には文句ない作品だった。

ただストーリー的にはだれにも理解されない者同士が結ばれる映画だから、それほどネガティブな内容ではないと思った。むしろ怒りをぶつっけていいのはただ一人貧乏くじを引いてしまった東野絢香だと言うことになるのだが。映画は問題提起として、主役たちは愛の道を進んでいくのだけど、一方脇役たちは散々な目に合う映画でもあった。

稲垣吾郎の検察官の孤立も感じられた。

そうだ。「水フェチ」というのはナルキッソスなのかもしれない。水に映る自分自身に惚れて入水してしまうのだ。

『老ナルキソス』という問題映画も今年観た中で傑作かもと思ったものだ。


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