正しい水の使い方
『正欲』(2023年製作/134分/G/日本)監督:岸 善幸 出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗
「性欲」を「正欲」と掛けて、人間の欲望には正しい欲望とかあるのか?というテーマかと思う。ただ他者を傷つける欲望は論外なので、小児愛は割愛する。
フェティシズムで「水に対する欲望」ということなのだが、文学の世界ではおなじみである。まずオフェリアの水死体。入水は文学でも扱わられるテーマだった。この映画を観て新垣結衣がベッドでする自慰シーンは、『めぐりあう時間たち』を連想させた。ヴァージニア・ウルフの小説を翻案した映画でありウルフが入水している。
日本では溝口健二監督『山椒大夫』の香川京子の入水シーン。あるいは太宰治の心中でもいいが、水死というモチーフは文学的にはあるのだと思う。
ただ磯村勇斗が求めるのは水の生命力というよなものなのだろう。噴水という人工的な水の戯れに夏になると子どもたちが戯れるのは都会ではよく見る光景である。
映画の中でも町田公園の噴水場が出てきて、夏はけっこう眺めていたので、ヤバい人の予備軍になっているかもと思ってしまった。「水フェチ」とここで呼ばれているものは、水と戯れるのは少年期の憧れみたいなものだと思った。自分もそうなのだが、子供は噴水が好きではしゃぐことが出来る。それを見ていて自分ははしゃげないとどこかブレーキを掛けてしまうのだった。
そうした水の管理社会への疑問として、これも磯村勇斗が出ていた映画で(磯村勇斗は今年一番の問題作『月』にもでていいたし、私は今年一番の男優演技賞は彼だと思う)、『渇水』があり本来自然の恵みであった水が管理されそれが生存権に絡んでくる。
そして規制する側の検察官としての稲垣吾郎がそれまでの役とは違って保守的な役柄だったのでこれもなかなか良かった。新垣結衣も上手いと思うがこのぐらいの役者はごろごろいるんでそれほどでもないかな。東野絢香のこじらせ女子はけっこうリアリティがあったかもしれない。役者的には文句ない作品だった。
ただストーリー的にはだれにも理解されない者同士が結ばれる映画だから、それほどネガティブな内容ではないと思った。むしろ怒りをぶつっけていいのはただ一人貧乏くじを引いてしまった東野絢香だと言うことになるのだが。映画は問題提起として、主役たちは愛の道を進んでいくのだけど、一方脇役たちは散々な目に合う映画でもあった。
稲垣吾郎の検察官の孤立も感じられた。
そうだ。「水フェチ」というのはナルキッソスなのかもしれない。水に映る自分自身に惚れて入水してしまうのだ。
『老ナルキソス』という問題映画も今年観た中で傑作かもと思ったものだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?