『源氏物語 上 』(翻訳)角田光代(池澤夏樹=個人編集 日本文学全集04)
感想
読みやすいということなのだが、本の分厚さと携帯性がないのでほとんど与謝野晶子訳で読んでいた。ただ最初に系図と和歌が翻訳されているのでそこは参考になった。それと、あとがきと解説ですね。
角田光代は『源氏物語』にそれほど思い入れもなく、池澤夏樹の「日本文学全集」の編集方針である古典の新訳ということで今回の『源氏物語』の翻訳となったようだ。その選択眼として、角田光代のエンタメ性の読みやすさや感情表現の上手さにあったと思う。それは『源氏物語』を物語よりも小説として楽しむことにあったと思う。かく帖は短編小説としての、おもしろさとして読むことが出来るのではないか。
与謝野晶子は『源氏物語』に思い入れもあり、自身の『源氏』論もあるような感じだったのか、光源氏には厳しいようである。まあ、そういう読み方をしていたわけだが。
与謝野晶子『源氏物語』
『源氏物語』和歌
『源氏物語』は歌物語と言われているように和歌は登場人物の内面の発露であり物語の中でも重要である。
全部は無理だから、重要な和歌だけでも。
桐壺(光源氏の母親)が帝の宮中に入ったが娘が亡骸となって戻ってきた。桐壺の母親の和歌が帝に対する精一杯の抵抗のようで胸を打たれる。
光源氏が空蝉のもとへ空蝉の弟である小君を遣わして姉との取次を計る。その時に交換される和歌。
「空蝉」のタイトルにもなった和歌。
「夕顔」のタイトルになった和歌。
中将の君(「朝顔」と呼ばれる光源氏のいとこ『朝顔』参照。)を朝顔に例えて光源氏との相聞歌。朝顔は高貴なお方で、夕顔は中位の妻。
その後の夕顔との逢引。
夕顔が亡く怨霊に憑かれて亡くなったばかりなのに、「空蝉」との相聞歌を交換している。どういう神経をしているのだ、この男は。寂しさを紛らわすために女を利用しているしか思えん!
夕顔の四十九日の法要でしらじらしい光源氏の和歌。
空蝉のことがバレていて、二股交際の成れの果てに光源氏が詠んだ和歌。
若菜のタイトルになった夕顔の母の和歌。
それを盗み見(聞き)した光源氏の和歌
なんとか若菜(若紫)を連れて行きたい源氏と尼君のやり取り。
藤壺(義理の母)を妊娠させてしまうが、お構いなしに若菜が欲しいと詠う光源氏の和歌。
「末摘花」からタイトルの元になった和歌。一夜を共にした後に正月の贈り物として、末摘花から色あせた衣服が届く。
末摘花はべにばなのことで、色褪せた(古びた)赤ということで、若紫は梅の花の蕾に喩えていた。鮮やかな花になることを願ってはいるが赤い花だけは紅梅でも好きになれないと詠う光源氏であった。だから紫なのか?
ライバルの頭中将の愛人、源典侍(オールドミスの女官)と浮気をし、三角関係になる光源氏の和歌の交換。
頭中将と光源氏の関係性はより強固なものとなるのである(ライバル物語は続く)。なんせふたりには世間には公表出来ない共通の秘事が出来たからなのだ。
「朧月夜」のあだ名の由来となった和歌。
大江千里(歌人)の和歌に由来する。
『源氏物語』はそれまでの和歌や物語の影響を受けつつ、後世の文学にも影響を与えた。
この『花宴』の朧月夜の和歌は、藤原俊成が「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」と注釈した和歌で、『古今集』の「雅」から「幽幻」という和歌の根本を述べている。「草の原」は死んだ後のこと。
朧月夜は帝の妻となるべき女性で、それに弓引いてしまった光源氏だった。それが須磨行きの原因となっていく。
光源氏に唯一対抗できるとしたらこの人だろう。源典侍と光源氏の和歌の交換。
葵が六条御息所の怨霊に殺されて、光源氏の心無い和歌と葵の母君の無念の和歌。
葵の死後、六条御息所は伊勢の斎宮になった娘と共に信仰生活に入ろうとするが光源氏は邪魔をする。次のターゲットは娘か?
藤壺も尼になり、光源氏から逃れるのは信仰しかないのだろうか。そして、朧月夜にちょっかいを出したことによって弘徽殿大后の恨みを買うのだった。
花散里との橘の和歌のやり取りは、『伊勢物語』の影響が見られる。
『源氏物語 12 須磨』は京にいられなくなった光源氏が須磨に逃亡するのであるが、その騒動の中でも女たちに手紙を書き和歌を贈り合う光源氏のまめまめしさを伺える。
さらに東宮や腹心の者にも数多く手紙と共に和歌を添えているのだ。光源氏は言葉を巧みに使う能力が際立っていた。
『澪標』の表題となった和歌(ターゲットは明石の君)。
光源氏の和歌は、元良親王(色好みで退位しなければならなかった不良の元帝)の和歌を元にしている。
「末摘花」が「蓬生」となって光源氏の心を射止める和歌。
空蝉との逢坂(関所)での再開。
この帖も百人一首の蝉丸の和歌を踏まえている。
須磨から明石に移った光源氏は明石の君を見初めて子供を産ます。その子供を引き取って帝の中宮にしようと計画をする光源氏は明石一家を引き裂くのだった。
明石の君の娘を紫の上に面倒を見させるために明石の君と娘を引き離した時の和歌のやり取り。
『薄雲』の題は藤壺崩御により光源氏の喪の様を詠んだ和歌から。
その哀しみが冷めないのに梅壺(養女)にちょっかいを出す光源氏であった。
朝顔の君(いとこ)との再会で光源氏はむらむら。
源尚侍とのやり取りは、朝顔の君と対応させている。光源氏に対等に和歌をやり取りしているのは、源尚侍ただ一人かもしれない。
光源氏は紫の上と寝ながらも藤壺を思い出す。
「五節の舞」がこの帖のタイトル『乙女』にもなっている和歌。
光源氏の青春時代を振り返って、かつて宮中の「春鶯囀」を舞った(『花宴』)が今は演奏者として「春鶯囀」を引き立てる身になった。
参考本
『源氏供養〈上巻〉』橋本治 (中公文庫)