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メフィストフェレスが『ヴェニスの商人』だった

『ファウスト』(ロシア/2011)監督アレクサンドル・ソクーロフ 出演ヨハネス・ツァイラー/アントン・アダシンスキー/イゾルダ・ディシャウク/ゲオルク・フリードリヒ/ハンナ・シグラ

解説/あらすじ
19世紀初頭、神秘的な森に囲まれたドイツの町。あらゆる地上の学問を探求したファウスト博士は、研究を続けるために“悪魔”とうわさされる高利貸・マウリツィウスの下を訪れる。「金は貸さないが、生きる意味を教える」と言うマウリツィウスに導かれるまま町へと繰り出したファウストは、純真無垢なマルガレーテと出会う。マルガレーテの美しさにひと目で心奪われたファウストは、彼女を求めて自らの魂と引き換えにマウリツィウスと契約を結んでしまい…。

以前も観た記録があったがまったく覚えてなかった。今回も三回目にしてやっと最後まで観られた。ゲーテ『ファウスト』とストーリーが違った。大筋では同じなのかもしれないが、悪魔的なのはメフィストフェレスよりもファウスト博士の方で、メフィストフェレスは道化役のようで、漫才師の相方のような役。マッドサイエンティストとしてのファウスト博士。

魂とは何か?あらゆる学問を勉強したが何も解決できずにいる(老いとか死とか)。悪魔か道化師か高利貸しのマウリツィウスと共に社会勉強。そこであらゆることを経験していよいよ魂を悪魔に。

純真無垢なマルガレーテの若さと美しさに惹かれていく。マルガレーテは不思議な輝きを放っているが幻影なのか。一緒に海に飛び込んでいくシーンは美しいが夢のようにそこで終わってしまう。残された孤独なファウスト。死者たち。彷徨い歩く海岸での間欠泉。生命の伊吹かな。(2013年02/28)

高利貸しのマウリツィウスがメフィストフェレスの分身だったんだ。マウリツィウスはシェイクスピア『ヴェニスの商人』に出てくるシャイロックを彷彿とさせる。マルガレーテは貧しい家の娘だけど洗濯女になっている。温泉場のようなところで、ファウスト達と出会うのだが、その時マウリツィウスが裸になってグロテスクな身体で尻尾があることがわかる(男性器はない)。

冒頭の前口上はなく、ファウスト博士の人体の解剖シーンから始まる。そのシーンはグロテスク。マッドサイエンティストという感じだ。人間存在を追求している科学者という感じである。医者なのだが医療行為はそれほど好きではないらしい(父親が医者で手伝いに行くシーンがある)。後半、人造人間をマルガレーテに見せるシーンがあり、その試験管(ガラス瓶の中)ベイビーがグロテスクな。NHKBS1「ゲノムテクノロジー光と影」のファウスト博士だ。

ファウスト博士と対象的に美の象徴としてのマルガレーテだが、露出過多の映像の中で光の存在の美という自然の美とは違う感じ。観念の世界なのか?ファウスト博士の工房やシーンが暗がりなので、その陰と陽の対比が印象的。マルガレーテの外見的な美は描かれているが内面はよくわからない。シューベルト「糸を紡ぐグレートヒェン」のような恋愛に燃えるシーンがなかった。マルガレーテはファウスト博士に愛を抱かない。むしろ、母親が邪魔という感じか。

マウリツィウスが買い取った教会で「告白」をするシーンで母親を好きになれないことを語るマルガレーテ。それを密かに聴くマウリツィウスなのだが。

それとマルガレーテの兄を殺すのはマウリツィウスが地下酒場となっている点が大きな違い。その為にファウスト博士は共犯者(後には主犯として逮捕状が出る)で、マルガレーテの死による兄との決闘のシーンはない。兄の死によってマルガレーテと近づき同情をひく。母親に金貨を渡すのだ。メフィストフェレスの悪魔的力はすべて金次第ということになる。

マルガレーテはファウスト博士と心中するような形で死んでいくのだが、ファウスト博士の無理心中的なシーンだった。ファウスト博士は生き残り、その後で逮捕される悲劇となっている。

ゲーテ『ファウスト』の『ヴェニスの商人』版という感じなのかも。


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