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誰かが死んで時代は変わっていくのか?

『新潮2022年04月号』

青木淳悟「ファザーコンプレックス」 160枚
変わり者だった亡父と自らの劣等感に対峙し、
私と虚の新領域に踏み込んだ渾身の復活作。

古川日出男「あたしのインサイドのすさまじき」 戯曲160枚
藤原(あたし)はトー子。清原(あたし)はセー子。
現代の警察病院で、4人の女人が演じる平安文芸絵巻!

黒川創「『カトリーヌ・ドヌーヴ全仕事』」 100枚
「世界一の美人女優」にして映画狂の彼女が、
なぜ#MeToo批判の共同声明に署名したのか。

遺稿 石原慎太郎「遠い夢」
死の直前まで執筆を止めなかった作家が遺した
のは、多感な少年と少女の淡き恋だった。

追悼 石原慎太郎――最後の冒険 福田和也

◆特別対談 川上弘美+小山田浩子
「違和感を感じ続けることを選ぶ」

出版社情報

青木淳悟「ファザーコンプレックス」 160枚

青木淳悟は、初読み作家。三島賞や野間文芸新人賞を取っているので芥川賞は時間の問題か?いやすでにそれ以上に文壇では評価されているので、今更芥川賞もないだろうのパターンか(村上春樹とか島田雅彦とか)?

作品は、だめ親父を語った私小説だが、最後にどんでん返しがある。その部分が虚構性の「屋根裏部屋の秘密」という構造になっていた。そこが面白いかで評価は分かれるだろう。まあ、面白かったがもっと凄く書いてもいいと思った。例えばアウトサイダー・アーティスト ・ヘンリー・ダーガーだったというように。

ちょうど富岡多恵子『波うつ土地』を読んでいるのだが、土地のことについて描くのは国木田独歩『武蔵野』以来の伝統なのかもしれない。「風景」の発見ということであるが、ここではその風景がグーグル・マップだったりカーナビだったりするのが特徴かな。歴史性よりも便利さを求められていく世界。移動も徒歩よりも車だった。語り手が親から離れて一人暮らしをするときに鉄道が出てくるが。富岡多恵子も車のでの描写だった。車社会=核家族化ということだろうか?

私小説でありながら家族小説それも父親というテーマはありきたりな私小説だったが、そんな凡庸な父が豹変するのはネット社会においてだった。なんか父親が肺気腫だったというのは自分と重ねてしまう。酸素ボンベ抱えるほど酷くはないが。葬儀の描写とかああそうだったという共感性と父の残したものの驚きというのはあるのだろう。『ネット右翼になった父』もそんなノンフィクションだった。

古川日出男「あたしのインサイドのすさまじき」 戯曲160枚

戯曲だった。もともと劇作家だったのか?『犬王』の原作者ということでイメージあるが、これも『源氏物語』をメタフィクション風に語った戯曲で、演劇論と文学論がその中に流れている。「インサイド」というのは心の情念(パッション)とか『源氏物語』だったら歌の部分。

演劇という役者が空っぽ(空蝉状態)の中に劇作家の言葉によって、生の人間(鳴く蝉のような)を演じるのだが、その稽古風景が警察病院で行う。それは劇作家が警察病院に入院しているからであって、そこはプライバシーの守られる場所として権力機構が働いている。劇作家と役者の関係が『源氏物語』の男と女の関係であるというような。ちょっと複雑な構造だ。「チェーホフのピストル」も出てくるようで。

戯曲は現代の若者言葉で溢れていて、ちょっと読みにくかった。今のお笑いのコントがこんな感じなんだろか?と思って読んでいた。それで劇の内容はけっこう難しいテーマをやっているような。自らの劇作家の立場もあるし。それがお笑いの方が意識が強いようで、最後の「チェーホフのピストル」が警鐘のような感じだったのか?

黒川創「『カトリーヌ・ドヌーヴ全仕事』」 100枚

カトリーヌ・ドヌーヴについて結構詳しく書かれている。自分はそれほど好きでも嫌いでもなかったので代表作を見るぐらいなのだが。それでも今でも現役で活躍しているのが凄い。フランスの松坂慶子ですね(喩えが逆か?)。面白いと思ったのはトリュフォーの愛人だったのでゴダールの作品は一本もないとか(その頃トリュフォーとは仲が悪かった)。その原因がドヌーヴらしかった。でも今でも尖った映画に出ている。

黒川創の小説は「カトリーヌ・ドヌーヴ全仕事」という本を書くことの背景としたドヌーヴが生きた社会と黒川創の仕事(作家の生きた世界)とのメタフィクションになっているのだ。時代が重なるから面白かった。ちなみに「カトリーヌ・ドヌーヴ全仕事」という本は出ていなくて、この作品は『彼女のことを知っている』という連作短編集に収められていた。

フィクションとノンフィクションの曖昧さ虚実皮膜という境界の世界。夢か幻かというような。映画は虚構の世界なのだが、カトリーヌ・ドヌーヴが中絶をしたのは事実のよう。アニー・エルノーの小説にもその事実が出てきた。フランスの中絶禁止法に反対する有名人の政治的状況。

感想

石原慎太郎の遺稿と追悼文、西村賢太の追悼文が時代の変わり目を感じさせた。ただ福田和也の追悼文は酷いな。自分の宣伝と石原慎太郎の文学が「死」を描いた文学だと当たり前のことしか言ってない。「死」を描くのは石原慎太郎だけに特徴であるわけでなく、多くの作家が生と死に対峙してきたものだった。あるいは彼岸性というかすでに消滅した世界を描くのは文学の王道に思える。その中で突出しているということもなかろう。ただ弟が大スターだったけど。

川上弘美と小山田浩子の対談もそうした幻想文学として居場所のなさという問題だった。そして中沢新一はオウム事件以前の80年代のような(『チベットのモーツァルト』の続きおような)チベット仏教への考察。中森明夫の連載『TRY48』は寺山修司のはちゃめちゃなアングラ劇の一幕(今だったら性犯罪だという)まるで別世界のようだったが。70年代やドヌーヴのデビューした頃の60年代はそういうことも当たり前にあったのだと思う。古川日出男の戯曲と合わせて読むと別の世界のようだった。時代の変わり目にある文学という感じの文芸誌だった。


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