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シン・短歌レッスン26

河津桜の定点観測。裏庭の梅より早いんだよな。でも桜が咲くと浮かれれてくるな。研ナオコの「ラ・ラ・ラ」が聞きたくなる。

今朝の一句。

信じれば花咲かじいさん年老いて

葛原妙子短歌

葛原妙子に「幻視の女王」とキャッチコピーを付けた塚本邦雄だが、これまで述べられてきたように塚本の理念としての前衛短歌と塚原妙子の身体的幻想短歌は随分違うのだ。

葛原妙子の場合戦時や戦後の自身の身体の記憶から発する理念よりは直感的な実存感であり、それは塚本邦雄の葛原妙子批判は批評性の不徹底を「魔女不在」としたのだが、中井英夫は『飛行』から『原牛』への葛原妙子の飛躍によって「魔女認定」したのだった(中井英夫『黒衣の短歌史』)。

葛原妙子は、現実の中から虚構を見出し、塚本邦雄が虚構の世界を現実世界に知らししめる歌作りとは逆の方向性だという。それは近代短歌の自我を自然の中に切り開いて行った斎藤茂吉を目指しながら自我が分裂せざる得ない社会(戦時や戦後の女性性という身体を抱えて)に於いて女王だったり魔女だったり母親だったり巫女だったりする相貌なのだ。

他界とはそういう虚構性だがその場所から現実世界の我への眺めという不安定な世界という分裂的な様相を帯びてくるのだった。

模範十首

山田航『桜前線開架宣言』より「石川美南」。マジック・リアリズム短歌だという。

半分は砂に埋れてゐる部屋よ教授の指の化石を拾ふ  石川美南『砂の降る教室』
茸たちの月見の宴に招かれぬほのかに毒を持つものとして 石川美南『砂の降る教室』
走り出せ青いロバでも〈売却済〉シールを片つ端から剥がす 石川美南『砂の降る教室』  
街中の鍋から蓋がなくなりて飛び出してくる蛇・うさぎ・象 石川美南『砂の降る教室』
捨ててきた左の腕が地を這つて雨の夜ドアをノックする話  石川美南『離れ島』
乱闘が始まるまでの二時間に七百ページ費やす話   石川美南『離れ島』
咽喉に穴をあけた子どもがひうひうと音をたて歩く砂漠の話 石川美南『離れ島』
「発車時刻を五分ほど過ぎてをりますが」車掌は語る悲恋の話   石川美南『離れ島』
コーヒーを初めて見たるばばさまが毒ぢやと暴るる話  石川美南『離れ島』
どしやぶりのテンションのまま掻き鳴らす「俺は人間なのかブルース」  石川美南『離れ島』

俳句レッスンは休み。NHK短歌に投稿した(2/20締め切り分)。

映画短歌

『いつかの君にもわかること』

窓拭きが覗く幸せ
光差す
部屋は陰をも閉じ込めている

あまりよくないな。硝子を隔てている何かがあるんだと思うのだが。

光差す硝子の小部屋
窓拭きは
おのれのいない幸せを見る

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