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アオサギはヘルンの紋章八雲かな

「本が好き!」のアイコンをダサいアオサギから『きみたちはどう生きるか」の表紙絵に変えた。顔といのは、重要だからね。本当はこれも一時的なもので、最終的には『リチャード三世』の表紙にしたいと思っている。

ここはなんだっけ?そっかフェニーにの『81/2』だった。大体映画のチラシになるのだが。どうでもいいと言えばどうでもいい。以前は会社にいたので身バレが嫌だったけど、今は無職なんでそんな影響もないし、家族もいないので脅かされる心配もないのだった。

昔だったか、家族を持った方が守れるとか、いや家族がいないほうが思う存分闘えるとか考えていたものだが、会社にいるとやっぱ会社のことを考えてしまうよな。所属するシステム内にいるとどうしてもシステムの歯車になってしまうというのは、アーレント『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』を読めばわかること。ただ最近はアーレントがアイヒマンに騙されていたとかいう本が出たようなのだが。

その本を読んでアーレントを批評している人は、『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』をよく読んでない人であって、アーレントは個人の悪よりもシステムの悪について述べたのである。それが全体主義のシステムということで、アイヒマンが極悪人とかどうでもいい話だった。システムの中にいると一般人でも大勢に従いやすい、それはミルグラム実験でも明らかにされているのだ。空気を読むということだと思うが、個人で反発することの困難さなのである。

「本が好き!」でもやりすぎたのか、一人で大量投稿して迷惑だったとか。まあ、それは表現による承認欲求の現れだったのだろうと、反省することにして、一日5本の上限にすることにした。今日はすでに、シェイクスピア1本と『源氏物語』3本上げてしまったから、残りあと一本何にする考え中なのだが、今読んでいるアウトウッド『誓願』が『源氏物語』との比較でいいのではないかと思っている。『誓願』は待つ女(侍女)がその待遇に不満を持って反乱する話なのである。『源氏物語』こそ侍女性が良く出ている物語だと思うのだ。

まあ、「本が好き!」で嫌われたいわけでもないので、上手くコミュニケーションを取りながら大人の対応をしていきたい、と思う。何もかも反発しても昔からのメンバーがいるのだし、クラス全員を敵に回すようなものだ。小学生五年の終わりに転校して六年のときはキツかったな、と思い出す。それこど繰り上がり六年生クラスでクラス全員が敵というように感じていたのだ。また担任も転校してきた教師だから、何かと面倒をみてくれるのだが、それがクラスの敵意を煽っているというのがわかるのである。前の先生はよっぽど良かったらしく、その先生と比べられていたのだ。

まあ一年間は地獄に耐えて中学になったら変われるだろうと思って、中学からは部活の方が中心だったからそんなこともなかったのだが。一つの組織じゃなく、どこか別の組織があると楽になるもんだ。「本が好き!」の他にnoteがあるとか。逆もあるだろうけど。所詮ネットの付き合いだ。ネットはパソ通時代から関係を築いているから、大抵のことは経験したし。そこから大恋愛になったこともあるが、やっぱヴァーチャルとリアルでは環境が違うのだ。その距離の取り方が難しい。

録画した『新源氏物語』を見る。大映の1961年の作品でカラーだった。映像的には面白いのだが、ストーリーは『源氏物語』だから無理があるな。エピソードを順番に処理している感じがして盛り上がりに欠けるのだ。六条御息所のもののけのシーンは面白かったが。そこだけホラー映画風にしたほうが良かったかもしれない。まあ、王朝ものだから主人公と綺麗どころの女優が見所になるのだが、それほどスター女優でもなかったような。葵上の若尾文子一人勝ちみたいな妖艶さとツンデレ型キャラが良かった。あとは中村玉緒の朧月夜がおきゃんな感じぐらいか?末摘花の水谷八重子は宮廷女子とは違うキャラだったのは後に皇室反対のデモをした人だけはある。

水谷八重子について調べたら二代目とかあったから初代が天皇の葬儀に天皇制反対して飛び込んだのか?そのへんが曖昧な記憶である。昭和の昔だからな。

今日こそは外に出よう。ネットばかりの引きこもりだから。今日の一句。

アオサギはヘルンの紋章八雲かな  宿仮

小泉八雲は、ラフカディオ・ハーンで、ハーンという名前がアオサギに由来があるので家紋だったという話。


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