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光源氏の若返りの秘密

『源氏物語 34 若菜(上)』(翻訳与謝野晶子)

平安時代中期に紫式部によって創作された最古の長編小説を、与謝野晶子が生き生きと大胆に現代語に訳した決定版。全54帖の第34帖「若菜(上)」。源氏の兄・朱雀帝は病にかかり出家を望む。気がかりは幼き娘・女三の宮で、源氏に嫁がせるのが最良だと託される。断り切れない源氏。紫の上は悩める本心を隠して受け容れる。源氏は自身の四十歳の賀を迎え感慨深い。一方、催しの最中に偶然女三の宮を見てしまった柏木は、その愛らしさに心奪われるのであった。

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『若菜 上』とされるのも『若菜』がそれまでが短編小説だとすると中編小説ぐらい長いからで、さらに上下と分けた後でも、それぞれの帖に比べて最長であるという。読み応えがあるので、心してかかれ。「源氏物語」系譜必要!

最初に出てくる朱雀院だが、今までも登場しなかったことはないのだが影が薄い。それは朱雀院よりもその母君であった弘徽殿女御の力が強かったからであり、相対的に男より女の存在が目立つように書かれているのは光源氏が圧倒的なヒーローだからである。また天皇という存在も表立てて書きにくい存在であり、朱雀院はさらに光源氏というヒーローの弟がいて、父親である桐壺院も朱雀院は眼中になく、光源氏と藤壺に産ませた(光源氏の子供なのだが)息子である冷泉帝の心配をして、冷泉帝を太陽とし光源氏を月に譬えたのである。光源氏の兄である朱雀院は、まったく屑星のごとく相手にされなかった。

朱雀院が帝になったのも光源氏が須磨・明石に逃れた時であったから、話としては出てきたがそれほど印象に残らなかった。光源氏の行動原理で物語が動いているので、動かない(ここは重要かもしれない)帝は辞めるときぐらいしか書きようがなかったのかもしれない。そして朱雀院が帝を降りるのは、まさに光源氏の祟によって病気になるからであった。そして光源氏を京に呼び戻すのである。それ以降は引退した院として引き籠もっているしかなかったのだ。

なのに何故ここでクローズアップされたのか。それは娘の女三宮がいたからである。女三宮は朱雀院の娘である。女三宮というのも帝の三番目の皇女ということで名前ではないのだ。だから他にも三宮がいてややこしいのであるが、ここでは朱雀院の三番目の娘ということで女三宮と呼ばれる。『源氏物語』で女性の名前は役柄か部屋の名前とか適当な相性(これは後世に付けられたものだ)なのだから、さらにややこしいのが彼女の母が藤壺の女御であるということなのである。

それは藤壺という部屋の名前でそこに囲われた愛人(妾)ということで、藤壺の間というのは不幸な女が囲われる場だったようで、その娘である女三宮も親の後ろ盾がなく一人では生きていけないと親心に朱雀院が考えてしまったのが間違いの始まりだった。

皇女はそれまで結婚せずに独身を通していたという。それは地位が高いので結婚する相手がいないのである。だからその親が面倒を見るのだが朱雀院には本妻もいる。さらに病で出家しようとしていたのだからなお面倒が見られないので、女三宮を降嫁(皇女が一般人と結婚する。まあそれでも身分の高いものであるが)させてでも後ろ盾が欲しかった。そこで白羽の矢が立ったのが光源氏であったのだ。でもこのときにすでに40になろうとして、若菜の儀(今で言う還暦みたいなものだと)を行おうとしているのだ。その年の差を考えれば非常識だと思うのだが、男尊女卑で階級社会の宮廷ではそれよりも後ろ盾が第一だったのだろう。光源氏は皇族でもないが一応肩書は准太上天皇となので身分としては申し分ない。また夕霧も候補だったのだが、女三の宮の乳母が夕霧はお固い性格なのでやっと幼なじみと結婚するので、他の女は受け付けるはずもなく数多く女を囲っている光源氏が相応しいと助言したのだ。今だとよくわからん理由だと思うが、このへんは乳母の情報だから朱雀院もそう思ったのだろう。

この時、女三の宮は十三、四くらいだというのだからほとんど親の思惑で結婚するしかなかったのだ。それよりも相手が受け入れてくれるかが問題であった。現に最初は光源氏も断ったそうである。一般常識からすればそういうことだが、もっともわからないことに紫の上に相談して彼女OKが出たことだ。それは紫の上も同じような境遇だったので情が出たのかもしれないが、小娘一人ぐらいと自信もあったのだろう。紫の上は今が美の絶頂なのである。

そんなことで光源氏と女三宮は結婚した。その後に「若菜の儀」である。ほとんどここは六条院での雅な世界で、各姫君からの献上物やらお祝いの儀式やら。光源氏の権力を象徴する描写が続く。女三宮の結婚もほとんどその前座扱いのような「若菜」を差し出すという意味合いに取れなくもない。「若菜の儀」が若返りの呪術のようなものだからエイジチェンジングだっけ(アンチエイジングだった)そっちが主題となっていくのだ。

そして光源氏は女三宮の幼さに幻滅したり(もっともなことだと思うが)その反動で熟女となっている朧月夜に会いに行ったり、そんな中で明石の姫が懐妊して六条院に帰ってくるのだ。

明石の姫が男の子を出産し、明石の入道は自分の願いが叶ったと山奥に消えていく。春の麗らかな日に六条院で蹴鞠が行われて柏木が女三宮を覗いてしまい恋に落ちる。いろいろなことが起きるが基本は光源氏を巡っての物語なのだ。

(玉鬘の若菜の儀の祝いの和歌)
若葉さす野辺の小松をひきつれてもとの岩根を折る今日かな
(光源氏の返し)
小松原末のよはひにひかれて野辺の若菜も年をつむべき


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