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催馬楽とは、正月の酒で酔った馬なのか?

『源氏物語 23 初音』(翻訳)与謝野晶子( Kindle版)

平安時代中期に紫式部によって創作された最古の長編小説を、与謝野晶子が生き生きと大胆に現代語に訳した決定版。全54帖の第23帖「初音」。正月元旦、源氏は紫の上と歌を詠み交わし、変わらぬ愛を誓い合う。源氏は次々と女性のもとを巡った。明石の姫君には実母・明石の君からの手紙に返信するように促し、続いて花散里、玉鬘と訪れ、明石の君の居に泊まった。その後末摘花、空蝉の尼君を訪れ、恋人たちを思いやるのだった。この年は男踏歌があり、息子・夕霧の美声を晴れがましく思う源氏だった。

薄氷が溶けた池の情景を詠む光源氏の歌から始まる六条院の四季の間の正月の様子を語る。その語りの重要な和歌となるのは、明石の君から始まるのである。それは明石の君から春の間にいる娘への和歌は春への呼びかけだからである。冬から春へという循環の中にこの光源氏の年始回りが始まるのである。

年月をまつにひかれて経(ふ)る人にけふの初音聞かせよ

その返事を光源氏は明石の姫君に書かせる。

ひきわかれ年は経(ふ)れども鶯の巣立ちし松の根を忘れめや

紫式部がこの歌をくどいというのが不思議である。何故なら作者は紫式部なのだから。それでもくどい歌にしなければならなかったのは、幼子の素直な気持ちを開示すると共にそれは和歌としては良くないと思っているのだ。

春の間から夏の間へ、光源氏は巡っていく。そこには月日を経た髪の薄くなった花散里の住まいである。そのままの様子に光源氏は花散里らしさを見出し、それでも目は玉鬘に目を奪われている。しかし玉鬘にはまだ光源氏に不信感を拭えずに距離感があるのだった。

そして明石の君の間に行くのである。秋は飛ばした!明石の君は留守であった。そして、机の上に娘への返事の歌が書かれていた

めずらしや花のねぐらしに木(こ)づたひて谷の古巣をとへる鶯

娘への返歌である体裁を取りながら、それは光源氏にも宛てた和歌である。「花のねぐらし」に「木(こ)づ」谷の古巣のような部屋(屋敷)なのである。そして、それは光源氏の関心を引きそのまま明石の君の部屋に泊まるのだ。

その行為よりも騒がしいのは女房たちの声である。春の間では留まることなく、冬の間へ泊まったからだ。女房たちの囀りは催馬楽たちを呼び込み男踏歌が催されるのだ。

しかし光源氏はそこに踏みとどまることはせずに遠くはなれた愛人の元へ挨拶に行く。空蝉と末摘花だが、それぞれが仏と文学に心を打ち込んでいて身なりも顧みないのだ。それを光源氏は気の毒にも思いながらも、批判しているのだ。特に末摘花は道化役な存在であり、他の女たちの引き立て役である。

六女院では華やかな催しが行われ、女たちが参列しているのだ。その中で中将の君(夕霧)が催馬楽の「竹河」を舞うのである。

たけかはの はしのつめなるや
はしのつめなるや はなぞのに ハレ
はなぞのに われをばはなてや
われをばはなてや めざしたぐへて

(伊勢の国の)竹河の橋詰めにあるという
橋詰めにあるという花園に(ハレ)
花園にわたしを放してくれないか
わたしを放してくれないか 少女と一緒に

夕霧の姿に光源氏の若かりし頃の舞いが重なる。


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