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負けていくのは妻ばかり

『明暗』夏目漱石

勤め先の社長夫人の仲立ちで現在の妻お延と結婚し、平凡な毎日を送る津田には、お延と知り合う前に将来を誓い合った清子という女性がいた。ある日突然津田を捨て、自分の友人に嫁いでいった清子が、一人温泉場に滞在していることを知った津田は、秘かに彼女の元へと向かった……。
濃密な人間ドラマの中にエゴイズムのゆくすえを描いて、日本近代小説の最高峰となった漱石未完の絶筆。

以前読んだ時は津田を中心に漱石の主人公の系譜、遊民であることにままならなくなった主人公と世間の風当たり、特に小林との対決を軸に個人主義から世間に呑まれいく小説かと。その中でかつての恋人清子とのロマンスの夢よ、再びかと思ったが、今回は津田よりも妻のお延のラブ・ロマンスとして読んだ。

お延の叔父はイギリス留学経験がある漱石の分身で、それは津田の叔父藤井も批評家の作家でもう一人の分身かもしれない。漱石のDNAを継ぐ二人の登場人物の個人主義の在り方は現実に翻弄される。津田は与太者で愛の理想論を突き通すのがお延なのだ。津田が入院してからお延が芝居に行くシーンの展開(俥をふっ飛ばす躍動感)、そしてあくの強い人物との会話(決して対話にならず世間に負け続けのヒロイン)、それは津田との夫婦愛を守るための闘い。愛のヒロインが世間という魔物たちと闘いながら日本の世間に教育(吉川夫人の言葉)されていく。

しっかり者の妻と与太者の夫という取り合わせは落語のような会話で面白い。特に小姑の津田の妹のお秀とのバトルはサイキック・エスパーの神経戦だ。小林はドストエフスキーの系譜を引く人物なのでそこは違った。漱石はシェイクピアの劇(漱石はシェイクスピアを落語にした)にロシア文学との対峙。



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